最新記事

中国

存在しないスイス人科学者、中国がねつ造か 偽アカウント600件...武漢説めぐり

2021年12月9日(木)18時19分
青葉やまと

問題の科学者のプロファイル画像(AIが生成した架空の人物像) メタ社のレポートより

<スイス人生物学者を名乗る偽のSNSアカウントを、複数の中国国営メディアが相次いで引用。武漢起源説に否定的な生物学者を組織的にでっち上げた疑いが持たれている>

世界中がパンデミックの加速に苦しんでいた今年7月ごろ、新型コロナウイルスの起源を突き止めようとするアメリカの姿勢に対し、猛烈に反発する一人の「科学者」がいた。スイス人生物学者のウィルソン・エドワーズを名乗るこの人物は、アメリカがWHOに圧力をかけているとの主張をフェイスブックやツイッター上などで繰り返している。新型コロナの中国起源説をアメリカが無理に定着させようとしている、というのが彼の主張だ。

ウィルソン氏によるこれらSNS上での発言は、武漢起源説を否定する第三者による論拠として中国メディアが好んで引用した。中国国営メディアである中国国際電視台(CGTN)、および環球時報(Global Times)などが、西洋の生物学者の見解としてしばしば取り上げている。

しかし、ウィルソン・エドワーズは科学者でないばかりか、存在すらしない人物であった可能性が高まっている。スイス大使館は翌8月、当該の科学者の登録情報を確認できないと発表した。

これと前後して、フェイスブック・アカウントの正当性にも疑念が示される。アカウントの登録日を確認すると、一連の投稿からわずか2週間前に作成されたものだった。

加えて、英BBCによるとメタ社(旧フェイスブック社)は、エドワーズ名義のアカウントが登録されるにあたり、仮想専用線(VPN)が用いられたことを突き止めたようだ。VPN自体は正当な技術だが、アクセス元を隠す目的でも用いられることがある。

さらにエドワーズのプロファイル画像をメタ社が分析したところ、機械学習の一種である敵対的生成ネットワークによって自動生成された痕跡を検出した。帽子の頭頂部などに不自然な歪みを確認でき、現実に存在する人物の写真ではないことを示唆している。

信憑性を高める、偽アカウント同士のネットワーク

ウィルソン・エドワーズによる投稿は、さらに複数の偽アカウントが拡散する形で信頼性を高める構図になっていた。中国関連企業の従業員とみられる複数のユーザーによってシェアされ、多数の「いいね」やリツイートなどを通じて拡散されている。

拡散に協力したアカウントは数百にのぼり、なかには拡散行為を始めた当日に作成されたばかりのアカウントも存在した。プロファイル写真には他のアカウントから盗用したものや、欧米の人々を想起させる写真などが用いられている。

メタ社はこうしたアカウントを偽造されたプロファイルだと断定し、先頃フェイスブックとインスタグラム上から計約600件を削除した。問題のウィルソン・エドワーズ名のアカウントも削除されている。

ウィルソン・エドワーズの投稿と、拡散役を果たした多数のアカウント、そして国営メディアの報道は、互いに互いの主張を引用し合い、信ぴょう性を増幅する装置のように機能していた。

メタ社で虚偽情報の監査責任者を務めるベン・ニモー氏は、豪スカイニュースに対し、「実質的にそれ(アカウント同士のネットワーク)は、まるでオンライン上にある鏡張りの部屋のように機能し、元となったフェイクの人物像と彼による反米的な虚偽の情報を無限に映しあっていた」と振り返る。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米ロ首脳、ハンガリーで会談へ トランプ氏「2週間以

ワールド

G20財務相会議が閉幕、議長総括で戦争や貿易摩擦巡

ビジネス

経済・物価見通しの確度上がれば、それに応じ政策調整

ワールド

米ロ外相が近日中に協議へ、首脳会談の準備で=ロシア
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口減少を補うか
  • 2
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ海で「中国J-16」 vs 「ステルス機」
  • 3
    間取り図に「謎の空間」...封印されたスペースの正体は?
  • 4
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 5
    【クイズ】サッカー男子日本代表...FIFAランキングの…
  • 6
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 7
    イーロン・マスク、新構想「Macrohard」でマイクロソ…
  • 8
    疲れたとき「心身ともにゆっくり休む」は逆効果?...…
  • 9
    ホワイトカラーの62%が「ブルーカラーに転職」を検討…
  • 10
    「欧州最大の企業」がデンマークで生まれたワケ...奇…
  • 1
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 2
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 3
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 4
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 5
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 6
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 9
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 10
    「中国のビットコイン女王」が英国で有罪...押収され…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 7
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 8
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 9
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 10
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中