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エネルギー政策

脱炭素シフトで世界の優等生ドイツが「国中大停電の危機」に陥っている根本原因

2021年10月18日(月)18時05分
川口マーン惠美(作家) *PRESIDENT Onlineからの転載

当然、この状況は日本にとっても対岸の火事ではない。すでに今年の初め、日本の電力事情は窮地に陥っていた。悪天候で再エネがなくなり、諸事情で天然ガスも逼迫した。たとえ海が荒れただけでも、船は接岸できなくなる。いきおい停電の危険が迫ったが、国民が不安を感じないようにと、政府がそれをひた隠しにするうちに、天候の回復でどうにか切り抜けた。しかし、今年の冬、同じことが起これば、またうまくいくとは限らない。

日本が絶賛した「エネルギー転換政策」の末路

いずれにせよ、日本が絶賛し、今も一部では絶賛が続いているドイツのエネルギー転換政策は、現在、まっしぐらに「電力不足」と「値上げ」という最悪の事態に向かって突き進んでいる。

真の問題は、ドイツのエネルギー転換政策そのものに矛盾が多く、非現実的でありすぎるということなのだが、これまでそれを棚に上げたまま、強力に反原発と再エネ拡大を提唱してきた主要メディアは、そう簡単に方向転換もできない。とはいえ、いくら何でも停電の危険は無視できないため、天然ガス不足と電気代の高騰を報じつつ、勘違いの場所で犯人探しをしている。

特に笑止千万なのは、電気代の高騰への対策として、節電の細々した方法から、家の改装まで、「良いアイデア」をたくさん挙げた記事が出回っていること。国民をバカにしている。

政治家の思いつきで政策が決まっていく

なお、ドイツをお手本とした日本も、間違いなく電力不足と電気代高騰に向かっている。日本の場合、天然ガスの産地とパイプラインがつながっているわけでもなく、輸送が途絶えれば絶体絶命となる。石炭も同じだ。それほど大切なエネルギーの安全保障が、今回の自民党の総裁選でも大した話題にならなかったことが不思議なほどだ。

日本はどの産業国と比べても、エネルギー事情が最高に危うい国の筆頭だ。しかし、それを無視するかのように、菅義偉前首相は就任した途端、所信表明演説で2050年までにカーボンニュートラル(脱炭素)を実現すると言い、環境大臣が思いつきで目標値をさらに引き上げるという無謀さを曝け出した。日本のエネルギー政策の骨子を定める「エネルギー基本計画」も、その影響を受け、現在、出ている第6次基本計画の素案を見る限り、現実から乖離したままだ。

このままいくと、日本人はどれだけ働いても、お金は水が砂に染み込むように消えていく。そして、後には経済がボロボロになった国が残るだろう。その時には日本のカーボンニュートラルは実現されているかもしれないが、世界のCO2の排出量はおそらく変わらない。

まず、心配なのは今年の冬だ。停電してからでは遅すぎる。経済を無視したカーボンニュートラルに政治の大義はない。今ならまだ第6次エネルギー基本計画は修正できる。本当に国家を思う政治家の英断に期待したい。

川口マーン惠美(かわぐち・マーン・えみ)

作家
日本大学芸術学部音楽学科卒業。1985年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ライプツィヒ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。その他、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民・難民』(グッドブックス)、『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)がある。


※当記事は「PRESIDENT Online」からの転載記事です。元記事はこちら
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