最新記事

中国

「今、何が問題か」と問われれば、ただちに「中国」と答える

2021年7月14日(水)17時20分
三浦雅士(文芸評論家)※「アステイオン」ウェブサイトより転載

プルードンを嘲笑するその嘲笑にむしろマルクスのコンプレクスが潜むことを指摘したのはシュンペーターだが、『貧困の哲学』と『哲学の貧困』を読み比べるがいい。マルクスには専門知の傲慢、一党独裁の傲慢が抜きがたくある。

新疆問題にせよ西蔵問題にせよ香港問題にせよ、マルクスに惹かれたことのある者はすべて――私もそうだが――責任を取ってもらいたいと思う。マルクスには経済学があっても政治学も人間学もなかったとすれば、それはなぜか。

マルクス経済学をもっともよく読み込んだのはシュンペーターであり、だからこそシュンペーターのイノベーション論――新結合論――すなわち技術革新史観がマルクスの階級史観を抜くことになったのだと私は思っている。

このことは、それこそ石器時代からIT産業時代に至るまで技術革新が階級を作るのであってその逆ではないことに端的に示されているが、興味深いことにこの技術革新の問題を真正面から取り上げているのが文学畑の張氏である。産業によって雇用者数が違ってくる様子がよく分かる。

20世紀のソ連時代とは違ってきたのだ。21世紀、ITによる産業構造の変貌によって中国共産党上層部がアメリカ支配階級と結びつき――似たもの同士である――、アメリカはもとよりスイスにまで多額の資産を隠すほどになったわけだが、私はこれもまたマルクスの責任であると思っている。これを破壊するにはトランプのような、いわゆる知識人に嫌われる猛者が登場するほかなかったのだ。

苅部氏がイノベーションといえばすぐに理系と考える政治家や官僚を批判しているが、デッカーという若い研究者によれば、シュンペーターの新結合論に影響を与えたのはイタリア未来派だったという。

考えてみればシュルレアリスムなど新結合の見本のようなもの。20世紀の科学革命を支えたのは文系の着想であったということもありえないことではない。中西氏が鍵概念として用いる「品位」という概念も、背景に膨大な文系的つまりは歴史的知識、歴史解釈を引き連れていると思える。

だが、技術革新が社会問題、階級問題の様相を呈した始まりは宋代中国にほかならない。それがモンゴル帝国を可能にし、やがてイタリア文芸復興を可能にしたのである。内藤湖南から宮崎市定、岡田英弘までが説くところだ。

岡本氏は、今回はラッセルの百年前の論文を引いて中国風の気の長さを示しているが、かつて『世界史序説』において新疆を挟んで中国とペルシャが対の関係にあると論じていたのには驚嘆した。池内氏と対談すればさぞ面白いだろうと思う。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

訂正-日経平均は続伸、米株高を好感 決算手掛かりに

ビジネス

3月新設住宅着工戸数は前年比12.8%減、10カ月

ワールド

シーク教徒殺害計画に印政府関与疑惑、米政府「深刻に

ビジネス

午後3時のドルは156円後半へじり高、下値に買い
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「瞬時に痛みが走った...」ヨガ中に猛毒ヘビに襲われ…

  • 8

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 9

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 10

    ナワリヌイ暗殺は「プーチンの命令ではなかった」米…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 9

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    「誰かが嘘をついている」――米メディアは大谷翔平の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中