最新記事

ベネズエラ

アメリカの制裁に「勝利」したベネズエラ...犠牲になったのは国民だけだった

How Maduro Beat Sanctions

2021年6月17日(木)18時05分
ホルヘ・ジュレサティ(ベネズエラの経済学者)、ウォルフ・フォンラール(NPO「自由のための学生」CEO)

マドゥロが統制の手を緩めたのは、トランプ政権による制裁の副産物かもしれない。だが持続的で健全な経済の再生をもたらし得るのは真の市場改革だけで、一部の政商への利益供与ではない。

マドゥロ政権は新たな収入源を見つけることに加えて、アメリカの制裁を出し抜く方法で権力を強化した。その方法とは、アメリカの金融システムの外で経済活動を行うこと。すなわち、アメリカの制裁回避にたけた専制国家との関係強化だった。

アメリカがPDVSAとの取引を世界中で禁止したことで、ベネズエラの石油輸出は断たれ、国内は慢性的な燃料不足に陥り、経済は一段と疲弊した。

そこでマドゥロ政権が助けを求めたのはイラン政府だ。イランは、PDVSAの原油生産量激減による燃料不足を救うため、ガソリンをベネズエラにひそかに送り込んだ。船の信号自動送受信装置のスイッチを切り、アフリカ東部の「アフリカの角」経由で輸送すれば監視の目をかいくぐれる。その見返りにマドゥロ政権はイランにPDVSAの製油所の管理を委ね、イランがベネズエラ経済全体に深く関与する道を開いた。

中国の幽霊会社も関与

マドゥロは中国政府とも手を結んだ。中国は現在、ベネズエラの原油の大半を購入しているが、取引は実態も所有者も不明な幽霊会社を通じて行われている。こうした会社が船籍不明のタンカーを借り、やはり「アフリカの角」経由で原油を運ぶ。

中国の関与は昨年下半期に始まったばかりだが、PDVSAの内部資料によると、中国は既にPDVSAの全輸出量の4分の3を購入している。今年2月には、中国はベネズエラから日量約50万バレルの原油を購入したが、同月のベネズエラの原油輸出量は日量70万バレルに増加。過去1年で最高水準を記録した。

マドゥロがうまく立ち回ってきたことを考えれば、彼の政権はこれからもアメリカの経済制裁の影響を日ごとに弱めていくと予想される。

ちなみにイランの原油輸出は、18年5月にアメリカが制裁を発動した直後に激減した。しかし昨年2月に日量60万バレルだった原油販売量は、今年2月には170万バレルにまで回復している。その大半を占める日量約100万バレルを買っているのは中国だ。

そろそろジョー・バイデン米大統領は決断すべきだ。もうすぐ政権発足から半年、アメリカは今後もトランプ時代の不毛な制裁を続けるのか(続けてもマドゥロ政権の転覆は見込めないし、むしろ反米プロパガンダを勢いづかせ、ベネズエラをますます全体主義国家に接近させる)。

それとも制裁の戦略的利用に舵を切るのか。つまり制裁発動で終わりにせず、制裁をマドゥロ政権との人権や経済活動の自由に関する交渉のてこにする方向だ。そうすればベネズエラ国民の権利回復に役立つかもしれない。

そうしてほしい。さもないとベネズエラの危機は深刻化する一方で、地域全体の不安定化につながりかねない。

From Foreign Policy Magazine

ニューズウィーク日本版 大森元貴「言葉の力」
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年7月15日号(7月8日発売)は「大森元貴『言葉の力』」特集。[ロングインタビュー]時代を映すアーティスト・大森元貴/[特別寄稿]羽生結弦がつづる「私はこの歌に救われた」


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ、ロシア西部にドローン攻撃 戦闘機・ミサ

ワールド

米、ウクライナ軍事支援再開 ゼレンスキー氏が表明

ワールド

ブラジル大統領、報復辞さないと再表明 トランプ氏は

ワールド

米中外相が初会談、「相違点の管理」で合意 首脳会談
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「裏庭」で叶えた両親、「圧巻の出来栄え」にSNSでは称賛の声
  • 2
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 3
    トランプはプーチンを見限った?――ウクライナに一転パトリオット供与継続の深層
  • 4
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 5
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、…
  • 6
    セーターから自動車まで「すべての業界」に影響? 日…
  • 7
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 8
    『イカゲーム』の次はコレ...「デスゲーム」好き必見…
  • 9
    英郵便局、富士通「ホライズン」欠陥で起きた大量冤…
  • 10
    アメリカの保守派はどうして温暖化理論を信じないの…
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 5
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 6
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 7
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 8
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 9
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 10
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中