最新記事

ベネズエラ

アメリカの制裁に「勝利」したベネズエラ...犠牲になったのは国民だけだった

How Maduro Beat Sanctions

2021年6月17日(木)18時05分
ホルヘ・ジュレサティ(ベネズエラの経済学者)、ウォルフ・フォンラール(NPO「自由のための学生」CEO)

210622P32_ve02.jpg

スラム街で慈善団体が支給する食料を受け取るために並ぶ人々 MANAURE QUINTERO-REUTERS

そして19 年には、米国内にあるベネズエラ政府の銀行口座を凍結。さらに全ての米企業に対し、(財務省の認可がない限り)ベネズエラ政府系企業との取引を禁じた。トランプ政権による制裁の2つ目は石油産業に照準を定め、PDVSAを狙い撃ちするものだった。財務省は19年に米国内にあるPDVSA資産を全て凍結した。アメリカの企業・団体がPDVSAと取引することも禁じた。

最終的には、国内外を問わず全ての企業にPDVSAとの取引を禁止。こうした制裁の結果、18年12月に日量約150万バレルあったPDVSAの原油輸出量は、昨年6月には日量約39万バレルと、過去およそ70年で最低の水準まで下落していた。

制裁の3つ目は個人を対象とするもので、マドゥロ政権関係者の口座と資産を片っ端から凍結した。個人に対する制裁は以前からあったが、その範囲を大幅に拡大。トランプ退任の時期までには、ベネズエラ人とマドゥロ政権に関与する外国人合わせて160人以上が制裁の対象となった。

しかし、一連の制裁に政治的な効果はなかった。マドゥロは依然として権力の座を維持している。大規模な抗議行動に直面していた4年前に比べて、その権力基盤は強化されたように思える。度重なる制裁に、マドゥロが巧みに適応してきたからだ。

富裕層に利益を提供

ベネズエラの自称「社会主義」政権は当初から石油の輸出に依存し、その収入を貧困層向けの福祉政策に振り向ける一方、富裕層に対しては恣意的な補助金制度を設けるなどして、国内の主要な利益団体を抱き込んできた。

例えば03年に導入された通貨管理制度だ。これで為替の公定レートと闇レートは大きく乖離したが、PDVSAの豊富な資金をつぎ込むことで公定レートは維持された。結果的に、これが腐敗の温床となる一方、毎年200億ドル以上の資金が国外へ流出する事態を招いた。

そうであれば、原油安や石油の輸出減はマドゥロ政権にとって存続の危機を意味するはずだ。しかしマドゥロは、富裕層を手なずけるために別の収入源を見つけてきた。米司法省によると、マドゥロが取った方法の1つは、違法な採掘から麻薬密売までのさまざまな違法ビジネスに政府が手を出すことだった。同時に追求したのが、いわゆる「ソビエト方式」の民営化だ。つまりサービス産業から石油部門までベネズエラ経済の一部を開放し、政権に協力的な富裕層に新たなビジネスチャンスを与え、彼らを「政商」化する作戦だ。

PDVSAそのものがこのプロセスに含まれる。エネルギー関連ニュース専門のS&Pグローバル・プラッツによると、マドゥロ政権は現在「国の石油事業を開放するために民間の国内および国際資本を求めている」という。

一方でマドゥロは、生産や流通に関する割当制度から恣意的な価格統制までの複雑怪奇な市場規制を緩めている。おかげで新興の「政商」たちは、マドゥロ政権が何年も前に収用した事業を無償で譲り受け、好きなように稼げることになった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

鉱物資源協定、ウクライナは米支援に国富削るとメドベ

ワールド

米、中国に関税交渉を打診 国営メディア報道

ワールド

英4月製造業PMI改定値は45.4、米関税懸念で輸

ビジネス

日銀、政策金利を現状維持:識者はこうみる
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 10
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中