最新記事

インドネシア

「押しかけ」中国海軍の長居は迷惑!? インドネシア、沈没潜水艦回収を断念

2021年6月3日(木)20時20分
大塚智彦

しかしその後の中国とインドネシアの共同作業でも事故原因特定、船体の引き上げ回収、乗組員の遺体発見は遅々として進まなかった。

回収作業は数々の困難に直面

インドネシア海軍のユリウス・ウィジョジョノ報道官が地元メディアなどにあきらかにしたところによると、海底からの「ナンガラ402」の船体回収作業では、約20回深海への作業が実施され救命胴衣など複数の潜水艦の備品などを回収できたとしている。

しかし船体が発見された海底の地形が平坦ではなく急な斜面で、作業によりさらに分断された船体が深度1000メートル以上の深海へ落ちてしまう危険があったという。海底に横たわる潜水艦の船体内部には魚雷4発も残されているとみられ、魚雷の爆発、誘発への対処も求められる作業だったという。

さらに事故原因の一つとして挙げられていた水中波の影響もあり、船体回収はいくつかの部品を回収するに止まった。そしてこれ以上の作業は「相当の困難があり実質的に作業は難しいといわざるを得ない」として船体回収を最終的に断念したことを明らかにした。

一方、回収作業に協力した中国に対しては「中国には最高の敬意と感謝を表する。作業中に不都合があったとすればインドネシアとして謝罪したい」と中国への感謝を示し、在インドネシア中国大使館も「インドネシアと潜水艦に関わる人道支援で協力できたことは両国のパートナシップ進展の大きな一里塚となった」として今後の両国関係への期待を表明した。

海軍は潜水艦のさらなる調達へ

「ナンガラ402」の沈没事故でインドネシア海軍が保有する運用可能な潜水艦は4隻に減少した。島国で群島国家として海軍力の整備が重要なインドネシアだが、これまで陸軍優先で海上艦艇、潜水艦などの調達、近代化は大幅に遅れていた。

このためインドネシア国会は2029年までに保有する潜水艦を8から10隻とする新たな国防予算獲得の審議を行うことを表明している。

沈没した潜水艦「ナンガラ402」は1978年にドイツで製造され、1981年にインドネシア海軍に編入された。

その後約2年間韓国で改修されて2012年に再度編入されて実戦配備で運用されていた。韓国で改修を受けたとはいえ、古い「老朽艦」であることは間違いなく、事故原因の特定が船体引き揚げで進むものとみられていたが、「船体回収断念」で事故原因の究明も難しくなったといえる。

さらに今回の中国海軍の艦艇派遣には、中東から中国本土へのエネルギー輸送のタンカーや大型商船、そして軍艦や潜水艦が狭隘で水深が浅いマラッカ海峡を避けて通るバリ島東のロンボク海峡に近いこともあり、中国海軍による海中の情報収集への懸念もあった。

インドネシア政府や海軍当局はこうした懸念に公式には反応していないが、今回の「船体回収作業断念」の背景に「あまり長期間に周辺海域に中国海軍艦艇にうろうろしてもらいたくない」との思惑があった可能性も取りざたされている。

いずれにしろ「ナンガラ402」はバリ島北方海域の海底で53人の乗組員とともに永遠の眠りにつくことだけは確実となった。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(フリージャーナリスト)
1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロ、和平交渉で強硬姿勢示唆 「大統領公邸攻撃」でウ

ワールド

ウクライナ支援「有志連合」、1月初めに会合=ゼレン

ワールド

プーチン氏公邸攻撃巡るロの主張、裏付ける証拠なし=

ワールド

米軍のウクライナ駐留の可能性協議、「安全保証」の一
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめる「腸を守る」3つの習慣とは?
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 5
    「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生…
  • 6
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 7
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 8
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 9
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 10
    頭部から「黒い触手のような角」が生えたウサギ、コ…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中