オーウェル的世界よりミャンマーの未来に投資しよう、「人間の尊厳」を原点に

2021年4月23日(金)17時56分
永井浩(日刊ベリタ)


私は後ろについてきた黄色い顔たちによって操られる人形にすぎなかったのだ。「白人が専制者と化すとき、彼が破壊するのは実は自分自身の自由なのだ」と私は悟った。だがそのあとで私は、苦力が一人象に殺されたおかげで救われた気がした。人を殺した象を撃った私の行為は法的に正しかったという言い訳が成り立つからだ。

支配・被支配の構造のなかでは、支配される側の自由だけでなく、支配する側の自由も奪われる。つまり被支配者の尊厳が冒されるだけでなく、支配する側がまず内的に腐っていくのだという見方は、オーウェルのその後の人生においてずっと貫かれていく。それは英国の帝国主義・植民地支配への批判だけでなく、被抑圧者の側から支配階級と戦う社会主義への共鳴、さらにソ連共産主義の全体主義体制を批判した晩年の名作『動物農場』『1984年』にも引き継がれていく。通底しているのは、彼が終生もっとも大切にした、人間の品格(decency)、正直さ、率直、誠実というふつうの人々が持つまっとうな人間らしさを破壊するものはゆるせないという考えである。

反体制者が権力を獲得するやいかに腐敗堕落していくか、またユートピアの理想をかかげた支配者がビッグブラザーとして君臨し、監視・管理体制によって独裁権力をほしいままにして人間の尊厳を奪っていくすがたを描いた晩年の二作は、いまも世界中で読み継がれている。またそのような権力者と体制は、ソ連が崩壊したあとの世界各地でもさまざまなかたちで再生産されている。その最新のグロテスクなすがたが、今年2月1日にクーデターで権力を握ったミャンマー国軍なのである。

ただ、ミャンマーの現状がこれまでのオーウェル世界とは異なるのは、それを打破しようとたたかう圧倒的多数の国民の存在である。彼らが多くの血と命をかけて死守しようとする民主主義とは、オーウェル流にいえば、まっとうな人間らしさ、人間の尊厳を踏みにじるものは許せないという精神である。だからその叫びは、おなじ人間としての精神を大切にする人びとに国境をこえて届き、弾圧に屈しないミャンマー国民を支援しようという国際社会の支援のうごきを広げている。欧米諸国の政府は国民の側につく姿勢を明確にし、国軍への制裁措置をつぎつぎに打ち出しいていく。

しかし、平和と民主主義を国是としているはずの日本の政府は、アジアの隣人のビッグブラザーとのたたかいに対して、いまだに旗幟を鮮明にしようとしない。欧米諸国とは違う独自のアプローチでミャンマーの民主化を後退させない努力をするとの空念仏を唱えるだけで、最大の武器とされるODA(政府開発援助)の停止を国軍に伝えるわけでなければ、国民支持を表明するわけでもない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

コアウィーブ、売れ残りクラウド容量をエヌビディアが

ワールド

米軍、ベネズエラからの麻薬密売船攻撃 3人殺害=ト

ビジネス

米アルファベット、時価総額が初の3兆ドル突破 AI

ビジネス

株式と債券の相関性低下、政府債務増大懸念高まる=B
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中