最新記事

ミャンマー

繰り返されるミャンマーの悲劇 繰り返される「民主国家」日本政府の喜劇

2021年4月5日(月)11時30分
永井浩(日刊ベリタ)

私は、ミャンマー民主化運動の同時進行ドキュメントであるこの文章を日本の読者が読むことで、彼女たちの闘いを支援せよ、などと主張するつもりはなかった。また冷戦後の民主主義と人権の普遍性が強調される風潮のなかで、アウンサンスーチー=天使、軍事政権=悪魔といった安易な図式をあてはめて、アジアの隣人たちの闘いを論じることを避けたかった。「歴史の正しい証人」であることがジャーナリストの使命であるなら、まず言論の自由を奪われた国の人びとの声をできるだけ広く国際社会に伝えなければならない。民主主義の国の一員として享受している言論の自由を、その基本的権利を奪われた国の自由のために行使しなければならいだろう。その情報をどう判断するかは、読者にまかせればよいことである。

毎日新聞は日本語の新聞だが、スーチー氏の原文は英語なので、英語版のザ・デイリー・マイニチに掲載された"Letters From Burma"が目にとまれば、国際的な情報ネットワークをつうじてなんらかの形で世界にも流れる可能性があるだろう。連載開始後、まずAPなどの西側通信社が連載のなかからニュース性の高い情報をとりだして<東京発>で世界に配信しはじめた。ミャンマーの民主化運動を支援している日本の市民グループがザ・デイリー・マイニチの英文をインターネットで世界の市民ネットワークに流しはじめた。米国最大の独立系ニュース・シンジケート「ユニバーサル・プレス・シンジケート」がアジア、欧州、米国、中南米の新聞、雑誌に同時掲載する契約を申し出て、世界15か国で同時掲載されるようになった。

『手紙』のミャンマー国内への持ち込みは難しかったが、在日ミャンマー人の民主化支援グループがビルマ語に翻訳し、自分たちの発行する週刊紙に載せて、1988年のクーデター後に世界に逃れた同胞や、軍事政権に追われてタイ国境の難民キャンプで暮らすビルマ人やカレン人に送った。米国の「自由アジア放送」は、毎日1時間のビルマ語番組で『手紙』を流しはじめた。英国のBBCが『手紙』の一部を放送する計画との知らせも入った。タイの英字紙、タイ語週刊誌からの転載申し入れもつづいた。

日本政府は軍政の「共犯者」

ところが、『ビルマからの手紙』に対する日本政府の反応は驚くべきものだった。池田行彦外相は「スーチーさんは外国ばかりでなく自国民にももっと直接話しかけたらどうか」と、彼女の国の現実を無視した、民主主義国の外相としての見識を疑わせるような発言をした。この拙文の冒頭にあげた「日本政府は今度こそ民主化支援を惜しむな」ですでにあきらかにしたように、外務省は「日本・ミャンマー関係がこじれる。ひいては日中関係にも悪影響を及ぼす」と、再三にわたって毎日新聞に連載の中止を要請してきた。木戸湊編集局長は「『毎日』は民主主義を大切にする新聞である」と言って、彼らの要求を突っぱねた。駐日中国大使館員もパーティーなどで木戸と顔を合わせると、『手紙』に難癖をつけてきたという。ミャンマー大使館はザ・デイリー・マイニチに例年出していた広告の引き下げを通告してきた。軍事政権はしばらくして、「アウンサンスーチーは米国のCIAと日本の毎日新聞から資金提供をうけている」と発表した。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日経平均は大幅反発、初の4万9000円 政局不透明

ワールド

独政府、F35戦闘機15機追加発注を計画と関係筋 

ワールド

中国レアアース磁石輸出、9月は6%減少 回復途切れ

ビジネス

物価目標はおおむね達成、追加利上げへ「機熟した」=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本人と参政党
特集:日本人と参政党
2025年10月21日号(10/15発売)

怒れる日本が生んだ「日本人ファースト」と参政党現象。その源泉にルポと神谷代表インタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 3
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「実は避けるべき」一品とは?
  • 4
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    ニッポン停滞の証か...トヨタの賭ける「未来」が関心…
  • 7
    ギザギザした「不思議な形の耳」をした男性...「みん…
  • 8
    【インタビュー】参政党・神谷代表が「必ず起こる」…
  • 9
    「中国は危険」から「中国かっこいい」へ──ベトナム…
  • 10
    「認知のゆがみ」とは何なのか...あなたはどのタイプ…
  • 1
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 2
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 3
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多い県」はどこ?
  • 4
    まるで『トップガン』...わずか10mの至近戦、東シナ…
  • 5
    フィリピンで相次ぐ大地震...日本ではあまり報道され…
  • 6
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 7
    日本で外国人から生まれた子どもが過去最多に──人口…
  • 8
    「心の知能指数(EQ)」とは何か...「EQが高い人」に…
  • 9
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 10
    「欧州最大の企業」がデンマークで生まれたワケ...奇…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 3
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に...「少々、お控えくださって?」
  • 4
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 5
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中