最新記事

生物

「イカには自制心が備わっている」との研究結果

2021年3月9日(火)18時30分
松岡由希子

「学習能力と自制心との関連が、霊長類以外で確認されるのは初めてだ」Charlotte Bleijenberg-iStock

<英ケンブリッジ大学などの研究によると、イカには、自己の衝動や感情を制御し、目の前の誘惑に屈することなく辛抱する自制心があることが明らかとなった......>

ヨーロッパコウイカには、チンパンジーやカラス、オウムのような脳の大きい脊椎動物と同様に、将来のより大きな成果のために自己の衝動や感情を制御し、目の前の誘惑に屈することなく辛抱する自制心があることが明らかとなった。

人間の子どもの自制心を調べる実験として、米スタンフォード大学の心理学者ウォルター・ミシェル教授が1970年代に実施した「マシュマロ実験」が広く知られている。これは、今すぐにマシュマロを1個もらうか、しばらく辛抱して待った後にマシュマロを2個もらうかを、子どもに選ばせるというものだ。

「最長130秒間、辛抱するものもいた」

英ケンブリッジ大学と米ウッズホール海洋生物研究所(MBL)の共同研究チームは、マシュマロ実験を応用し、ヨーロッパコウイカ6匹に、キングエビのかけらをすぐに食べるか、しばらく辛抱して好物の生きたグラスシュリンプを得るかを選ばせる実験を行った。2021年3月3日に「英国王立協会紀要B」で発表された研究論文によると、「6匹すべてがキングエビを無視し、50秒以上、グラスシュリンプを待った。なかには、最長130秒間、辛抱するものもいた」という。

この実験では、水槽内に、透明の扉がついた部屋を2つ設置。扉がすぐに開いてキングエビのかけらを食べられる部屋を丸印、10〜130秒後に扉が開いて生きたグラスシュリンプを得られる部屋を三角印、扉は閉じられたままでグラスシュリンプがいる部屋を四角印で表わし、ヨーロッパコウイカにこれらの印を覚えさせた。なお、ヨーロッパコウイカがキングエビを食べてしまうと、グラスシュリンプは取り除かれる。

実験の結果、ヨーロッパコウイカは、丸印の部屋と三角印の部屋が置かれると、より好物のグラスシュリンプを得ようと三角印の部屋の扉が開くまで待つが、丸印の部屋と四角印の部屋では、このような行動はなかった。

さらに研究チームは、学習訓練の途中に課題の正負を逆転させて、さらに訓練を継続させる「逆転学習」の実験を行い、ヨーロッパコウイカの学習能力を調べた。水槽内に灰色のマークと白のマークを貼り付け、ヨーロッパコウイカに一方の色のマークと褒美を関連づけて覚えさせたのち、これを逆転させ、他の色のマークと褒美を関連づけた。その結果、グラスシュリンプをより長時間待つ自制心の強いヨーロッパコウイカは、色のマークと褒美との関連をより速く学習した。

「学習能力と自制心が、霊長類以外で確認されるのは初めてだ」

研究論文の筆頭著者でケンブリッジ大学のアレクサンドラ・シュネル博士は「学習能力と自制心との関連はヒトやチンパンジーに存在するが、霊長類以外で確認されるのは初めてだ」と述べている。すなわちこれは、学習能力と自制心との関連が、系統の異なる生物種間で類似した形質を個別に進化させる「収斂進化」であることを示すものともいえる。

ヨーロッパコウイカの自制心が進化した理由として、「生存戦略としての擬態の副次的効果ではないか」との仮説が示されている。ヨーロッパコウイカは多くの時間を擬態して過ごし、一瞬の採餌の機会にのみ、擬態を中断させて、その姿をさらす。シュネル博士は「よりよい獲物を待って選び、採餌を最適化させるうちに、自制心が進化してきたのではないか」と考察している。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

英中銀が金利据え置き、量的引き締めペース縮小 長期

ワールド

台湾中銀、政策金利据え置き 成長予想引き上げも関税

ワールド

UAE、イスラエルがヨルダン川西岸併合なら外交関係

ワールド

シリア担当の米外交官が突然解任、クルド系武装組織巡
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、日本では定番商品「天国のようなアレ」を販売へ
  • 2
    中国は「アメリカなしでも繁栄できる」と豪語するが...最新経済統計が示す、中国の「虚勢」の実態
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 5
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍…
  • 6
    【クイズ】世界で最も「リラックスできる都市」が発…
  • 7
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 8
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサイルが命中、米政府「機密扱い」の衝撃映像が公開に
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「なんて無駄」「空飛ぶ宮殿...」パリス・ヒルトン、…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中