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ミャンマー国軍が「利益に反する」クーデターを起こした本当の理由

Why the Army Seized Power

2021年3月1日(月)19時30分
アーサー・スワンイエトウン(軍史研究家)

2つ目は強固な結束。これは1948年の独立後、少数民族の分離独立の動きや共産主義勢力の台頭、隣の大国・中国の軍事的脅威で、国軍もろともミャンマーがバラバラに引き裂かれかねなかった時期に培われた特徴だ。

3つ目は国民に対する不信感。少数民族や共産主義者の反乱を警戒するあまり、国軍は長年、市井の人々に疑いの目を向けてきた。

こうした特徴は全て、独立直後に勃発した内戦の経験から生まれたものだ。今回のクーデターとその背後にある動機はそこから読み取れそうだ。

まず、国軍の正統性が揺らいでいること。1988年に民主化デモが全土に広がると、人口の多数を占めるビルマ民族の支持を集める組織として国民民主連盟(NLD)が台頭し、国軍の地位を脅かすようになった。国軍はアウン・サン将軍が率いたBIAの後身としてその正統性を誇ってきた。ところが将軍の娘スーチーがNLDを率いてその正統性に疑問符を突き付けたのだ。

スーチーは国軍をビルマ民族主義の象徴の座から引きずり降ろし、その正統性の最も強力な根拠を奪った。民政移管から今に至るまで、軍上層部と文民政権の対立が絶えなかったのはそのためでもある。

それ以上に決定的だったのは、2019年にスーチーが祖国を弁護するためオランダのハーグの国際司法裁判所(ICJ)に出廷したことだ。ミャンマー西部に住むイスラム教少数民族ロヒンギャに対するジェノサイド(集団虐殺)について、ICJの訴えは「不完全」だとスーチーは主張した。しかし、スーチーに借りをつくったことで、国軍上層部の面目は丸つぶれになった。

憲法上の規定では、国軍の上層部のみが治安部隊の行為に責任を持つ。つまりスーチーは事実上、国軍を弁護したことになる。

スーチーは自らの国際的な評価を犠牲にしてまで、15年以上も自分を自宅に軟禁し、家族とも離れ離れにした組織を守ろうとした──ミャンマーの世論はそう受け止めた。一般市民だけでなく国軍の兵士たちの間でもスーチー人気は高まるばかりだった。

国軍上層部はスーチーを悪の権化に仕立てることで、自分たちの権力を守ってきたのだ。彼女がアウン・サン将軍の娘で、NLDを創設した人々の中に国軍の元将校が多くいるということだけでも、国軍の正統性を脅かすには十分だった。

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