最新記事

新型コロナウイルス

【特別寄稿】WHOテドロス事務局長「ワクチン・ナショナリズムがコロナを悪化させる」

2021年2月10日(水)11時00分
テドロス・アダノム(WHO事務局長)

豊かな国々のワクチン・ナショナリズムに警鐘を鳴らすテドロス DENIS BALIBOUSE-REUTERS

<先進国の指導者が自国のワクチン確保に躍起になっている限り、新型コロナとの戦いには勝てない。いま国際社会に必要なのは──WHO事務局長テドロス・アダノムの特別寄稿>

私たちは時間との競争の中にいる。安全で効果的な新型コロナワクチンを記録的早さで開発したことは、現代科学の驚異的成果だ。それがパンデミック(世界的大流行)の収束につながるかどうかは、国際社会の政治的意志と倫理観にかかっている。

ワクチンはパンデミックを抑え込む最良の手段だが、各国の指導者が「ワクチン・ナショナリズム」の誘惑に屈しなければ、という条件が付く。

現時点では世界人口の16%にすぎない富裕国が世界のワクチン供給量の60%を購入している。多くの国は集団免疫を達成するため、2021年半ばまでに成人の70%へのワクチン接種を目指している。

だが、WHOが他の国際機関と共同で立ち上げたワクチン供給の国際的枠組みCOVAX(コバックス)は、年末までに低所得国の人口の20%に接種可能なワクチンを調達するのにも苦労している。

ワクチン・ナショナリズムは倫理面だけでなく、公衆衛生と治療の面でも問題が大きい。ワクチン接種によって集団免疫を達成し、パンデミックを止めるためには、市場メカニズムに頼るだけでは不十分だ。限られた供給と巨大な需要は、勝者と敗者を生み出す。パンデミック下では、倫理的にも医学的にも許されることではない。

ワクチン製造技術を「オープン化」せよ

世界人口の大半をワクチン未接種のまま放置すれば、不必要な感染者と死者を増やし、ロックダウン(都市封鎖)の苦痛を長引かせる。さらにウイルスが無防備な集団の間で拡散し続け、新たな変異株を生み出すことにもなる。

先進国の指導者が命に優先順位を付け、自国のために十分な量のワクチンを躍起になって確保しようとする限り、私たちは新型コロナとの戦いに勝てない。製薬会社はワクチン生産を拡大しているが、需要を満たすには程遠い。

政府と企業はこの問題を克服するため協力しなければならない。ワクチン製造技術やノウハウ、知的財産権の一時的な「オープン化」による共有など、ワクチンの生産と流通を拡大するためにできることはたくさんある。

これが実現すれば、生産能力の即時拡大が可能になり、途上国を中心に新たな製造拠点の構築につながるはずだ。世界中でワクチン生産が拡大すれば、貧困国は富裕国の支援に頼らずに済む。

新型コロナウイルスは今も進化し続けている。数十億人がワクチン未接種の状態が長く続けば続くほど、ワクチンが効かない変異株が生まれる可能性が高まる。ワクチン・ナショナリズムとワクチン生産の制限は、パンデミックを長期化させる公算が大きい。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ガザ南部、医療機関向け燃料あと3日で枯渇 WHOが

ワールド

米、対イスラエル弾薬供給一時停止 ラファ侵攻計画踏

ビジネス

米経済の減速必要、インフレ率2%回帰に向け=ボスト

ワールド

中国国家主席、セルビアと「共通の未来」 東欧と関係
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食...止めようと叫ぶ子どもたち

  • 3

    習近平が5年ぶり欧州訪問も「地政学的な緊張」は増すばかり

  • 4

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 5

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 6

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 7

    迫り来る「巨大竜巻」から逃げる家族が奇跡的に救出…

  • 8

    イギリスの不法入国者「ルワンダ強制移送計画」に非…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 8

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 9

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 10

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中