最新記事

アメリカ

医療保険は「アメリカンドリーム」の1つだった

2021年2月11日(木)11時40分
山岸敬和(南山大学国際教養学部教授)※アステイオン93より

オバマケアの成立――アメリカニズムの矛盾との戦い

20世紀が終わりを迎える時、世界はアメリカ一極体制を目の当たりにしていた。アメリカの伝統的価値観に対抗する政治形態はありえないと信じられ、フランシス・フクヤマはそれを「歴史の終わり」と評した。アメリカはまさに全世界の手本となる「丘の上の町」の地位を手に入れたとも見えた。21世紀に入るとすぐにその足元を揺るがす事態が起こる。

2001年のアメリカ同時多発テロ事件は、アメリカの覇権に対する反発であるとともに、アメリカの伝統的価値観への攻撃でもあった。しかし、レーガンが復活させたように見えた古き良きアメリカは、経済格差問題や人種問題を解決できないままであることが明らかになっていた。アメリカは国内外からの圧力を受けて、アメリカニズムを見直す作業を強いられた。

そこで起きたのは政治の分極化である。共和党内ではティーパーティ(茶会勢力)やリバタリアニズム(自由至上主義)の勢力が大きくなる一方で、民主党からもウォール街占拠デモが現れた。それまでは重要法案であっても超党派での合意形成が図られてきたが、分極化が進む中で次第に困難になっていった。

そのような状況の中で政治問題として浮上したのが無保険者問題である。21世紀に入ると、雇用に紐づく雇用主提供保険を基盤とするシステムの限界がより明らかになった。無保険者数は、2008年には人口比約15%に及んだ。

バラク・オバマは、医療制度改革を公約にして2008年に当選を果たした。政権発足後まもなく2010年3月、オバマケアと呼ばれる改革案を成立させた。懸案となっていた雇用主提供保険に加入できない層を州ごとにプールし、新設の医療保険取引所で保険を購入させる。さらに購入を容易にするために補助金を提供する。

オバマケアは皆保険に大きく近づく一歩であったものの、既存の医療保険システムの根幹には大きな変更は加えられてなかった。民間保険を購入するという仕組みは維持され、雇用主提供保険を中心とするシステムも温存された。また医師や病院などの医療提供側には大きな改革の手が入らなかった。これまで皆保険に対して徹底抗戦で臨んできたアメリカ医師会や民間保険業界などが、オバマケアには賛同したことがオバマケアの限界を象徴した。

オバマケアは本来超党派で成立させることが可能なものであった。その核となる部分は、保守系シンクタンクで考えられたものであり、マサチューセッツ州で超党派の合意によって実施されたものをモデルにしていた。しかし連邦議会では、オバマケアに賛成する共和党議員は一人もいなかった。それには政党の分極化が色濃く影響していた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米財務長官、AI半導体「ブラックウェル」対中販売に

ビジネス

米ヤム・ブランズ、ピザハットの売却検討 競争激化で

ワールド

EU、中国と希土類供給巡り協議 一般輸出許可の可能

ワールド

台風25号がフィリピン上陸、46人死亡 救助の軍用
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に「非常識すぎる」要求...CAが取った行動が話題に
  • 4
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 5
    これをすれば「安定した子供」に育つ?...児童心理学…
  • 6
    高市首相に注がれる冷たい視線...昔ながらのタカ派で…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    【HTV-X】7つのキーワードで知る、日本製新型宇宙ス…
  • 10
    「白人に見えない」と言われ続けた白人女性...外見と…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中