最新記事

感染症対策

ワクチン接種呼びかけは「実験台」への呼び込み? 黒人宗教指導者、迷いの理由

2021年1月3日(日)12時18分

ブルックリンの大規模教会を主宰する黒人のA・R・バーナード牧師(写真)は迷っていた。ニューヨーク州スミスタウンで20日撮影(2021年 ロイター/Eduardo Munoz)

ブルックリンの大規模教会を主宰する黒人のA・R・バーナード牧師は迷っていた。ある大手の医療団体から、ニューヨーク市の有色人種コミュニティーにおけるCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)ワクチン受け入れを推進する委員会に参加するよう依頼が来たのだ。

市内最大の教会であるクリスチャン・カルチュラル・センターの創設者兼CEOであるバーナード師は、この依頼を断ったという。理由は、彼がこの委員会に参加すれば、記録的なペースで開発されたワクチンの「実験台」としてアフリカ系米国人を利用するシステムに「力を貸す」ことになりかねないという意見が信徒の一部に見られたためだ。


ロイターがインタビューを試みた10数名の黒人宗教指導者の大半に共通する点だが、バーナード師も、未知数の部分が残っているように思えるワクチン接種について支持を公言することでコミュニティーからの信頼を損なうリスクを嫌っている。

一般向けにワクチンが提供されるなかで早期に接種を受ける人々について、「試験的に有色人種に接種しているのではないかという懸念がある」とバーナード師は言う。米国の総人口に占める黒人の比率は13.4%だが、ワクチン治験ボランティアに占める比率は約10%だ。

バーナード師は3月に新型コロナウイルスに感染して入院したが、ワクチンの副作用についての情報がもっと出てくるまで「様子を見たい」と言う。

アフリカ系米国人が持つ不信感

ワクチン接種を推奨することへのこうした躊躇(ちゅうちょ)は衝撃的である。アフリカ系米国人にとってのCOVID-19のリスクについて彼らのコミュニティーを啓発するうえで、黒人の牧師たちは重要な役割を演じてきたからだ。米疾病予防管理センター(CDC)によれば、アフリカ系は白人系に比べ、COVID-19による死亡率が2.8倍高くなっている。

公衆衛生当局者は、国内での配布が進むCOVID-19ワクチンに対するアフリカ系米国人のあいだでの強い不信感を緩和するうえで、黒人の宗教指導者やロールモデルとなる人物が寄与することを期待している。医療専門家によれば、これまでに米国内で30万人以上の死者を出したパンデミック(世界的な大流行)を終息させるには、ワクチン接種が必須であるという。

ロイター/イプソスが12月行った調査によれば、ワクチンを接種したいとする比率は、白人系では63%であるのに対し、黒人系では49%に留まっている。この調査によれば、ワクチンの開発スピードやトランプ政権による新型コロナ対応の迷走が不安材料になっている点は、黒人・白人双方に共通している。黒人牧師たちは、彼らのコミュニティーのなかには既存の医療機関に対する根深い不信感を抱くメンバーもいると指摘する。

テネシー州ナッシュビルのメトロポリタン・インターデノミネーショナル教会の代表であるエドウィン・サンダース牧師は、1980年代のHIV/AIDS流行以来、公衆衛生教育に関与してきたが、「いま直面しているのは、医療体制の仕組みに関して数世代にわたって積み重なってきた不信感、疑念、恐怖(略)から生じた副産物だ」と語る。

こうした不信感は、数十年にわたり医療へのアクセスや治療といった面での格差、治験への参加比率の低さ、また知らぬうちに実験対象にされていた経緯に根ざしている。1972年まで続けられた悪名高い「タスキギー実験」はその1例で、梅毒を研究するため、感染した黒人男性に関して本人の了解を得ずに治療が行われなかった。

黒人牧師たちは、こうした歴史が、黒人にはCOVID-19ワクチンが効かないのではないか、他の人々とは別のワクチンが投与されるのではないかという恐れを育んでいる、と話す。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

パキスタン首都で自爆攻撃、12人死亡 北西部の軍学

ビジネス

独ZEW景気期待指数、11月は予想外に低下 現況は

ビジネス

グリーン英中銀委員、賃金減速を歓迎 来年の賃金交渉

ビジネス

中国の対欧輸出増、米関税より内需低迷が主因 ECB
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一撃」は、キケの一言から生まれた
  • 2
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    コロンビアに出現した「謎の球体」はUFOか? 地球外…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    ギザのピラミッドにあると言われていた「失われた入…
  • 7
    インスタントラーメンが脳に悪影響? 米研究が示す「…
  • 8
    中年男性と若い女性が「スタバの限定カップ」を取り…
  • 9
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 10
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 3
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 6
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 7
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 8
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 9
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 10
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中