最新記事

動物

ゾウと共生する「優等生」のはずのスリランカに落第点?

2020年12月25日(金)15時15分
にしゃんた(羽衣国際大学教授、タレント)

かつてのスリランカではゾウが街中を練り歩く姿は珍しくなかったが(写真は2014年のゾウ保護強化を求めるデモ) Dinuka Liyanawatte-REUTERS

<ゾウと人間の衝突による双方の犠牲者は年々増加するばかり>

日本で獣害と言えば、クマ、イノシシ、シカだろうが、スリランカでは、ゾウと人間との共生をめぐる問題が年々大きく膨らんできている。

インド洋に浮かぶ小島のスリランカ。多くの魅力が存在する国だが、海で最大の動物であるシロナガスクジラと、陸で最大の動物のゾウを一カ所で見られる珍しい場所でもある。

現在スリランカには約7000頭のゾウが生息している。1万2000頭ほどだった20世紀初頭と比べると6割にまで減少している。ゾウの主たる死因は農民による射殺や毒殺である。

アフリカゾウの場合は、オス,メスの両方に付いている牙が目当ての密猟者によって殺されることが大きな問題だが、その点スリランカゾウの場合は7~8%しか牙がなく、個体数の激減はむしろ人間によるゾウの生息地である森の開拓に起因する。生息地を失ったゾウが食料や水を求めて人間が住む地域に出没することに伴う両者間の軋轢に加え、ごみの投棄場でプラスチックゴミを摂取することで多くのゾウが死亡している。

2010年以降、年平均240頭が人間によって殺されているが、2018年には360頭、2019年には405頭とその数は右肩上がりとなっており、スリランカはついに人間によってゾウが殺される数で世界1位となった。逆にゾウによって毎年殺される人間の数も比例して増えている。2018年96人だった死者が2019年には121人になっており、世界で2番目に多い(インドが1位)。両者間には憎しみに基づく報復の連鎖も確実に生まれている。

ただ今年に入って新型コロナウイルスに伴うロックダウンの期間があった関係でゾウと人間の衝突が減ったことで、この間、前年比ではゾウの死亡が40%程度減少。しかし、現在はいわば一時的な休戦状態であり、コロナが落ちついた暁には再び人間とゾウの生死をかけた戦いが再燃する運命にある。

神聖で崇拝の対象

もちろん、スリランカ政府はこの状況をただ黙って眺めていたわけではない。人間とゾウとの衝突を軽減するため、人間の生活圏とゾウを住み分けするための柵の設置や大掛かりなゾウの追い込みなどの策を講じてきた。民間レベルでも日常において人とゾウとの遭遇を避けた安全な通学などを確保のために「ゾウに優しいバス」なども導入した。

プラスチックゴミ摂取による死亡をなくすために、それまで自由に出入り可能だったゴミ投棄場の周りに堀を作るなどゾウを寄せ付けないための対策も進めている。むろん、ゾウの死因のみを意識している訳ではないが、今年の8月にはほとんどのプラスチック製品の輸入禁止、2021年1月からは使い捨てプラスチックを禁止する法律が施行される。

もっともスリランカではゾウ殺しは死刑(まだ執行されたケースはない)となっており、さらにはこの国で仏教が最大の宗教であり、釈迦は白象の姿で母胎に入ったという伝説や、2番目に人口の多いヒンズー教においてもゾウの頭を持つガネーシャ神がいるなど、スリランカ人にとってゾウは敵対というよりむしろその真逆で、神聖であり崇拝の対象であり、「国の宝」とまで言われることもある。

紀元前から連なる歴史、神話や宗教的に限らず、文化的にも政治にもゾウと人間の分かち難い関係を保ちたい反面、現状のこじれを改善する良案がいまだ見つかっていない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米経済指標「ハト派寄り」、利下げの根拠強まる=ミラ

ビジネス

米、対スイス関税15%に引き下げ 2000億ドルの

ワールド

トランプ氏、司法省にエプスタイン氏と民主党関係者の

ワールド

ロ、25年に滑空弾12万発製造か 射程400キロ延
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 5
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 6
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 7
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 8
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 9
    中国が進める「巨大ダム計画」の矛盾...グリーンでも…
  • 10
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中