最新記事

インドネシア

パプア牧師殺人事件、政府調査団を地元教会が拒否 当局は現地に軍事作戦地域を発令か

2020年10月10日(土)19時15分
大塚智彦(PanAsiaNews)

捜査も調査も共に暗礁に乗り上げ

ところがこの調査チームは蓋を開けてみれば「治安当局関係者、情報機関関係者、政府関係者」などで構成されており、「独立性に完全に欠けており、中立で公正な事件の全容解明など不可能である」として、パプア教会評議会は同チームの受け入れを拒否することを決めたとしている。

このパプア教会評議会の指摘が事実とすればマフード調整相が先に示した「客観的真相解明を期待できる人選」ではなく政府側、治安当局側に偏った編制であることが明らかといえ、パプア側の政府への失望と反発を招いただけといえるだろう。

インドネシアではTPNPBの上部組織とされる「自由パプア運動(OPM)」をはじめ、独立を求めるパプアの各種団体、学生組織は12月1日の「独立記念日」に向けた動きを活発化させており、治安当局とジョコ・ウィドド政権も警戒を強めている。

12月1日までになんとしてもエレミア牧師殺害事件の解明を図りたいとしていた政府の思惑はこれで捜査、調査ともに「暗礁」に乗り上げることになった。

軍事作戦地域の悪夢再来の警戒感も

こうした中でマフード調整相は12月1日の治安悪化を懸念するあまり、パプア地方での軍備を強化し、「軍事作戦地域(DOM)」を発令することを検討しているのではないか、との情報も流れ、パプア地方では警戒感が強まっているという。

DOMは1998年に崩壊したスハルト独裁政権時代、反政府を掲げて独立武装闘争が続いた東ティモール、スマトラ島最北部のアチェと並んでパプアが指定されていた。

「DOM」では国軍部隊が集中的に派遣され、準戦時下ということで特権を認められた軍により一般人の逮捕、暴行、拷問、殺害などが続発した。

東ティモールは2002年に念願のインドネシアからの分離、独立を果たし、アチェは2004年のスマトラ沖大地震・津波を契機に和平交渉が進展、イスラム法(シャリア)の適用がみとめられた特別な州としての地位を獲得している。

DOMは解除されたもののパプア地方だけが小規模ながら現在も独立武装闘争が続き、インドネシア政府にとっては「喉元に刺さったトゲ」の状態となっている。

一部報道によると、地下資源、森林資源が豊富なパプア地方では地元住民や地元自治体、地元企業などが所有する開発に関する既得権益をインドネシアの大手開発業者や外国企業などが虎視眈々と狙っているとされ、こうした開発権益を巡る地元との対立、暗闘も治安安問題解決を急ぐ政府側の思惑の背後にあるとの見方も有力だ。

ジョコ・ウィドド政権や治安当局にはパプアでの治安安定早期実現にはDOM再指定もやむなしという空気が徐々に醸成されているとの見方もあり、これが事実とすればパプア問題は新たな局面を迎えることになる。

パプア人の人権問題をはじめとしてインドネシアの現代史で闇とされる数々の人権侵害問題に対して「真相解明」を約束してきたジョコ・ウィドド大統領だが、最近は未曾有のコロナ禍への対処に忙殺されている。

そのコロナ感染拡大防止でもこれといった切り札が尽き、徒手空拳状態と批判されているだけに、パプア問題では治安当局から主導権を取り戻し、「庶民派大統領の真骨頂」をみせてほしいとの期待の声が特にパプア人の間から高まっている。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

ニューズウィーク日本版 トランプの帝国
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2026年2月10号(2月3日発売)は「トランプの帝国」特集。南北アメリカの完全支配を狙う新戦略は中国の覇権を許し、世界の経済勢力図を完全に塗り替える

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

新START失効なら世界が警戒すべき事態=ロシア前

ワールド

中国春節帰省・旅行ラッシュ始まる、連休長期化で消費

ワールド

インドネシアCPI、1月は前年比+3.55% 23

ビジネス

みずほFG、10ー12月純利益は14%増の3299
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市 vs 中国
特集:高市 vs 中国
2026年2月 3日号(1/27発売)

台湾発言に手を緩めない習近平と静観のトランプ。激動の東アジアを生き抜く日本の戦略とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から脱却する道筋
  • 2
    関節が弱ると人生も鈍る...健康長寿は「自重筋トレ」から生まれる
  • 3
    世界初、太陽光だけで走る完全自己充電バイク...イタリア建築家が生んだ次世代モビリティ「ソラリス」
  • 4
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 5
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れ…
  • 6
    中国がちらつかせる「琉球カード」の真意
  • 7
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「…
  • 8
    中国政府に転んだ「反逆のアーティスト」艾未未の正体
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    エプスタイン文書追加公開...ラトニック商務長官、ケ…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」と「フリース」に移った日
  • 3
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界でも過去最大規模
  • 4
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「…
  • 5
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から…
  • 6
    一人っ子政策後も止まらない人口減少...中国少子化は…
  • 7
    スペースXの宇宙飛行士の帰還が健康問題で前倒しに..…
  • 8
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 9
    町長を「バズーカで攻撃」フィリピンで暗殺未遂、大…
  • 10
    秋田県は生徒の学力が全国トップクラスなのに、1キロ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 6
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 7
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 8
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 9
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 10
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中