最新記事

中印関係

中印衝突の舞台は海上へ 中国の野心に巻き込まれるタイに「分断」の危機?

The Next Front in the India-China Conflict

2020年9月9日(水)19時30分
サルバトーレ・バポネス(シドニー大学准教授)

magw200909India-China2.jpg

中印国境での衝突を想定して演習に励む中国軍兵 CHINESE PEOPLE'S LIBERATION ARMY TIBET MILITARY COMMAND

この地域全体で進められている港湾整備プロジェクトは、中国のインド包囲網を一段と強化するだろう。これに対してインドも、将来的に海上で中国と衝突する可能性を想定した軍備強化を進めている。ヒンドゥスタン・タイムズ紙が8月に報じたところによると、インドはベンガル湾南部に位置するアンダマン・ニコバル諸島の空軍力と海軍力を大幅に増強する計画だという。同諸島は、マラッカ海峡からインド洋に至るシーレーンが交差する戦略的要衝であり、タイ運河が実現すれば、そこを通過する船舶に目を光らせることもできる。

タイ政府の危うい賭け

マラッカ海峡は、昔からグローバルな通商の重要な回廊だった。イタリアの冒険家マルコ・ポーロは、1292年に中国(元朝)から海路帰郷するときここを通った。1400年代には、中国(明朝)の武将・鄭和がここを通って南海遠征を進めた。

現在のマラッカ海峡は、中東の石油を東アジアにもたらし、アジアの工業製品をヨーロッパや中東にもたらす船が年間8万隻以上通過する。現在のシンガポールの繁栄は、この海峡の南端に位置することによって得られたものだ。

タイ運河があれば、タイもその繁栄の一部にあずかることができる──。タイ運河協会はそう主張している。運河の東西の玄関には工業団地やロジスティクスのハブを建設して、アジア最大の海運の大動脈をつくるのだ。

その主張には一定の合理性がある。現在の海運業界の運賃や燃費を考えると、タイ運河の建設は経済的に割に合わないと指摘する声もあるが、安全面から考えて、マラッカ海峡の通航量が限界に達しつつあるのは事実だ。

タイ運河の位置については複数の候補がある。現在有力なのは9Aルートと呼ばれ、東はタイ南部ソンクラー県から、西はアンダマン海のクラビまで約120キロにわたり、深さ30メートル、幅180メートルの水路を掘るというものだ。

だが、タイにとってこのルートは、自国を二分する危険がある。9Aルートはタイ最南部の3つの県を、北側の「本土」と切り離すことになる。それはマレー系イスラム教徒が住民の大多数を占めるこの地域の住民がまさに望んできたことだ。

近年、この地域では分離独立を求める反体制運動が活発化しており、しばしば国軍(タイ政治で極めて大きな力を持つ)と激しい衝突が起きている。そこに運河が建設されれば、二度と埋めることのできない溝となり、タイは今後何世紀にもわたり分断されることになるだろう。

【関連記事】中印衝突で燃えるインドの反中世論
【関連記事】核弾頭計470発、反目し合う中国とインドを待つ最悪のシナリオ

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

マレーシア野党連合、ヤシン元首相がトップ辞任へ

ビジネス

東京株式市場・大引け=続落、5万円台維持 年末株価

ビジネス

〔マクロスコープ〕迫るタイムリミット? ソフトバン

ワールド

中国軍が台湾周辺で実弾射撃訓練、封鎖想定 演習2日
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 2
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と考える人が知らない事実
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 5
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 6
    「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生…
  • 7
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 8
    【銘柄】子会社が起訴された東京エレクトロン...それ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 6
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 7
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 8
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 9
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 10
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「…
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中