最新記事

中東和平

【対論】イスラエルの「ヨルダン川西岸併合」は当然の権利か、危険すぎる暴挙か

THE DEBATE : WEST BANK QUESTION

2020年7月3日(金)14時45分
キャロライン・グリック(イスラエル・ハヨム紙コラムニスト)、マイケル・J・コプロウ(イスラエル政策フォーラム政策担当責任者)

だが、イスラエル国民にとってより切実な問題点がある。

トランプ米大統領の中東和平案は西岸のユダヤ人入植地などをイスラエル領の一部とするが、それが現実になれば、イスラエルと西岸の間の境界線は総延長約1370キロに及ぶ。イスラエルが1967年に西岸を占領する前の境界線であるグリーン・ライン(約320キロ)の4倍以上、現在の事実上の境界である分離壁(700キロ以上)の2倍近くに達する計算だ。

イスラエル国防軍(IDF)は大幅に延びた境界線をパトロールするだけでなく、トランプ案が併合の対象外とする地区にある15の飛び地も警護しなければならない。これらの飛び地は本質的に敵地内の警備対象だ。それが何を意味するかは、西岸のヘブロンに住むユダヤ人入植者の警護のため、IDFが入植者1人当たり1人以上の兵士を配置している現状から推察できるだろう。

オスロ合意は西岸を「A」「B」「C」の3地域に区分しているが、イスラエルがC地域を併合した場合、状況は飛躍的に複雑さを増す。C地域併合案はイスラエル関係者の間で最も支持が高く、ナフタリ・ベネット前国防相も支持派の1人だ。

西岸の6割を構成するC地域には、パレスチナ自治政府の権限下にあるA・B地域の飛び地169カ所が含まれる。C地域を併合すれば、イスラエルは西岸内だけで新たに169の境界を抱えることになり、現行の治安体制を維持するなら、それぞれに分離壁を建設しなければならない。その建設費用は75億ドル。さらに維持費として年間15億ドルを要する見込みだ。もちろん、各境界に大勢のIDF兵士を送り込む必要もある。

利益は既に手にしている

一部併合案はいずれも、パレスチナ自治政府が西岸に住むパレスチナ人の事実上の統治機関として機能し続けるという条件の上に成り立つ。しかし、一部併合は必然的に自治政府を弱体化させる。自治政府は崩壊するか、イスラエルとの過去の合意を全面放棄することになりかねない。

その結果は西岸全域を併合した場合と同じだ。パレスチナ支配地域に位置する都市や町でIDFが治安維持を担う安全保障上の悪夢が訪れ、新たに年間200億ドルを費やしてパレスチナ住民250万人の生活インフラ維持に責任を持ち、彼らにイスラエル市民権を認めるか、その基本的な政治的権利や市民権を否定するかという選択に直面することになる。

【関連記事】トランプ「世紀の中東和平案」──パレスチナが拒絶する3つの理由
【関連記事】トランプ中東和平案「世紀の取引」に抵抗しているのは誰か

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

岸田首相、「グローバルサウスと連携」 外遊の成果強

ビジネス

アングル:閑古鳥鳴く香港の商店、観光客減と本土への

ビジネス

アングル:中国減速、高級大手は内製化 岐路に立つイ

ワールド

米、原発燃料で「脱ロシア依存」 国内生産体制整備へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 3

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 4

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 5

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 6

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 9

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 10

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 7

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中