最新記事

感染症対策

新型コロナ「院内感染」の重い代償 医療の最前線で続く苦闘と挑戦

2020年7月1日(水)20時51分

聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院の桝井良裕医師(右奥)。6月18日、神奈川県横浜市で撮影(2020年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

救急医療の専門家として30年を超すキャリアを持つ桝井良裕医師(58)にとって、医療現場にあれほどの驚愕と動揺が広がった日はなかった。

横浜市旭区の聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院で4月22日、新型コロナウイルスの院内感染が発覚した。その規模は瞬く間に拡大、感染者数は病院職員を含めて80人(1日時点、同病院調査)に達し、13人の患者が死亡。全国で最大規模の院内感染に発展した。

「感染対策を担当していたチームもあわてまくり、まさに驚愕だった。病院閉鎖を意識した」と、同病院で救命救急センター長を務める桝井医師はその時の混乱ぶりを振り返る。

病気を治すべき病院でクラスター(感染者集団)が発生するという異常事態。同病院の医療スタッフは、増え続ける新型コロナ患者の治療に忙殺されながら、失墜した病院の信用をどう回復するか、重い課題と格闘する日々が続いた。

感染対策に予想外のほころび

院内感染が起きた病院は、社会の厳しい視線を意識して、メディアへの情報提供には概して消極的だ。しかし、同病院は6月初め、3日間にわたりロイターの院内取材を受け入れた。患者や地域に対し「誠意をもって謝罪し、包み隠さず真実を話す」(桝井医師)べきだ、という判断からだ。

外来診療が制限された病院内部は人がまばらで、薄暗い静寂に包まれていた。取材に応じた医師や看護師らの表情は一様に硬く、見えないリスクと相対する不安と緊張感がにじんでいた。

「最初の1週間は、寝ても覚めても、自分が感染しているのではないか、自分が媒介していたのかもしれないという恐怖があった」と、感染患者と濃厚接触した高度実践看護師の大沢翔さん(36)は記者に話した。

大沢さんは直後のPCR検査で陰性だったが、5月の連休前後から2週間の自宅待機に入った。妻と2人の子供たちとは、感染防止のため、それ以前から別々に暮らしていたが、院内感染が分かってからは会っても触れることすらできなかった。一方、病院からの知らせで院内感染の広がりを知るたびに、つらさと無力感がこみ上げた。

「病院の状況について院内からいろいろな情報が入ってくる。大変なことになっているのに、自分は戦力になれていない。すごいストレスだった」と大沢さんは言う。

同病院では、院内感染の発生以前から感染者専用の病棟を設け、医療スタッフに勉強会や防護服の着用の講習などを実施、様々な措置を徹底してきた。

しかし、院内感染を重く見て同病院に3度の立ち入り検査を実施した横浜市当局の判定は厳しかった。

「共用パソコンやタッチパネルの消毒が不十分」、「防護服の着脱時に髪を触るなど不適切な動作がある」、「感染防止策を呼び掛けていても現場スタッフへの徹底がされていない」──。慎重に講じたはずの対策に、予想もしないほころびが次々に見つかった。

同病院によると、院内感染を疑うきっかけとなったのは、4月上旬に呼吸器疾患とは異なる疾患で救命救急センターに入院した患者だった。その患者は退院後にコロナに感染していたことが確認された。

その患者が入院していた時、近くにHCU(高度治療室)で気管切開を受けた別の患者がいた。この患者はその後、コロナ感染者であることが検査で判明したが、その前に受けた気管切開部分から発生したエアロゾルによってHCUや病棟で同患者からの感染が拡大した可能性がある、と同病院では見ている。


【関連記事】
・東京都、新型コロナウイルス新規感染54人を確認 6月の感染者998人に
・巨大クルーズ船の密室で横行するレイプ
・今年は海やプールで泳いでもいいのか?──検証
・韓国、日本製品不買運動はどこへ? ニンテンドー「どうぶつの森」大ヒットが示すご都合主義.

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

焦点:闇に隠れるパイロットの精神疾患、操縦免許剥奪

ビジネス

ソフトバンクG、米デジタルインフラ投資企業「デジタ

ビジネス

ネットフリックスのワーナー買収、ハリウッドの労組が

ワールド

米、B型肝炎ワクチンの出生時接種推奨を撤回 ケネデ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 5
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 6
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 7
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 8
    三船敏郎から岡田准一へ――「デスゲーム」にまで宿る…
  • 9
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 10
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 7
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 8
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中