最新記事

朝鮮半島

韓国を「敵」呼ばわりし、報復を示唆した北朝鮮の真意

2020年6月15日(月)17時05分
クリスティン・リー(新米国安全保障センター研究員)

挑発的行動に回帰する北朝鮮の金正恩(左)と妹の与正(右) POOL/GETTY IMAGES

<北朝鮮による韓国批判は、目先の譲歩を引き出すための常套手段。挑発的態度に戻った背景には何があるのか。これまでも北朝鮮はある種の消耗戦を仕掛けていた>

シンガポールで歴史的な米朝首脳会談が行われてから2年。ここにきて北朝鮮は、アメリカと韓国に対する忍耐が限界に近づいているという意思表示を始めた。

6月9日、北朝鮮は、南北の軍当局間のホットライン(直通電話)を含む、韓国との公式の通信連絡線を全て遮断。金正恩(キム・ジョンウン)体制は韓国を「敵」と位置付けた。

金は2019年の「新年の辞」でも警告を発していた──アメリカが圧力をかけ続ければ「朝鮮半島の平和と安定を実現するための新たな道」を模索せざるを得なくなる、と。

しかし、今回の韓国への挑発的行動は、北朝鮮が巧妙な新戦略に打って出たものではない。これまで有効だった古いやり方に戻っただけだ。

いま韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権を激しく批判し始めたのは、米韓両国から目先の譲歩を引き出すための定番の手法と言える。この動きの背景には、新型コロナウイルス感染症の影響で北朝鮮の経済が大打撃を被っているという事情がある。

北朝鮮政府は1月、新型コロナウイルスが持ち込まれるのを防ぐために、国境の封鎖などの強い措置を素早く講じた。最大の貿易相手国である中国との国境も閉ざされた。

これにより、北朝鮮の経済は壊滅的なダメージを受けている。中国税関当局の統計によると、1月と2月の中朝貿易総額は前年同期比で3割減。3月と4月はそれぞれ前年同月比で9割減との情報もある。北朝鮮にはコロナ感染者がまだ1人もいないというのが公式発表だが、実際には中朝国境地帯で感染者が増え始めているようだ。

このように、いま北朝鮮が苦境に陥っていることは事実だが、金体制はお得意の外交手法を用いることにより、厳しい環境の中でうまく立ち回ろうとしている。

2018年6月のシンガポールでの米朝首脳会談以降、北朝鮮はアメリカに対してある種の消耗戦を仕掛けてきた。発言を二転三転させ、一貫して曖昧な約束に終始することで、アメリカの外交上のスタミナを奪ってきたのだ。アメリカは、金の時間稼ぎ作戦に付き合わされてきた。

金とトランプ米大統領は、芝居がかった演出と大げさな言葉を好むという点でよく似ている。しかし、違いもある。北朝鮮は、核問題に関する話し合いをゆっくり進めたいと思っている。体制存続を図る上では、大規模で急速な変化を避けたいのだ。

北朝鮮が挑発的行動を取る根底にある動機は、資源、生存、安定への欲求だ。米韓両国の政府は、北朝鮮の挑発にどのように対処するかを判断する際、相手の派手な行動や仰々しい言葉ばかりに目を奪われず、真の意図を見極めることが重要になる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

プーチン氏「欧州と戦争望まず」、戦う準備は完了

ビジネス

ユーロ圏インフレは目標付近で推移、米関税で物価上昇

ワールド

ウクライナのNATO加盟、現時点で合意なし=ルッテ

ワールド

紛争終結の可能性高まる、容易な決断なし=ゼレンスキ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大気質指数200超え!テヘランのスモッグは「殺人レベル」、最悪の環境危機の原因とは?
  • 2
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が猛追
  • 3
    海底ケーブルを守れ──NATOが導入する新型水中ドローン「グレイシャーク」とは
  • 4
    若者から中高年まで ── 韓国を襲う「自殺の連鎖」が止…
  • 5
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯…
  • 6
    もう無茶苦茶...トランプ政権下で行われた「シャーロ…
  • 7
    【香港高層ビル火災】脱出は至難の技、避難経路を階…
  • 8
    22歳女教師、13歳の生徒に「わいせつコンテンツ」送…
  • 9
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中