最新記事

感染症対策

独メルケル首相が選んだ対コロナ国際協調 トランプの内向き姿勢と一線

2020年6月15日(月)11時16分

中国武漢市を訪れたメルケル独首相。毛沢東が泳いだ揚子江の橋の上で車列を止め、写真を撮った。2019年9月、武漢市で撮影(2020年 ロイター/Andreas Rinke)

昨年9月、中国・武漢市内を移動していたドイツのメルケル首相は、揚子江(長江)にかかる橋に差し掛かったところで車列を止めさせた。メルケル氏はそこで、革命の指導者・毛沢東が人民に向けて披露したパフォーマンスの話を聞きたかった。

車を降りたメルケル氏は橋の上でポーズを取り、写真を撮らせた。1966年、毛沢東はこの場所で毎年恒例の水泳行事に参加し、自らの健在ぶりとリーダーシップを象徴的に誇示した。

メルケル氏にとっては単なる記念撮影だった。この地がまもなく、世界で40万人以上の死者を出すパンデミック(世界的な大流行)の震源地となるとは思ってもみなかった。

生きた武漢訪問の経験

メルケル首相に近い関係者3人がロイターに語ったところでは、武漢を訪れた経験は、メルケル政権が新型コロナウイルスに対応する上で役立ったという。

武漢は、新型コロナウイルスの人間への感染の場となった可能性のある露天市場が知られているものの、西側諸国の多くの人にとっては縁遠い場所だ。だがメルケル氏は、活気に満ちた産業の重要拠点である武漢と、そこを走る主要な幹線道路を直接目にしていた。

メルケル氏に近い関係者の言葉によれば、1100万人が暮らす大都市が自己隔離に追い込まれ、機能を完全に停止するほどの疾病なら、本当に深刻であるに違いない、と同氏は考えたという。

メルケル首相は、英国のジョンソン首相や米国のトランプ大統領などと異なり、迅速なロックダウン(都市封鎖)と広範囲の検査実施を支持した。特にアジア以外の地域において、ドイツが他の多くの国に比べ新型コロナウイルスによる死亡率を低く抑えられているのは、ロックダウンと検査の徹底という2つの要素が大きかったという評価が疫学専門家の間では広がっている。

ロイターの集計によれば、新型コロナウイルスによる死者は、米国の11万人以上、英国の4万人以上に対し、ドイツでは約9000人である。対人口比で見れば、ドイツの犠牲者は米国の3分の1、英国の6分の1だ。

国際協調かナショナリズムか

ロイターはドイツ企業の経営者や州・都市の首長、首相に近い関係者を取材した。そこからは、ドイツがパンデミックにいかに素早く対応したかが見えてきた。さらに、多くの国が自国第一主義に走り、感染源となった中国を非難しがちになる中で、連携を重視するメルケル首相の国際協調の姿勢が浮かび上がってきた。

トランプ大統領は当初中国の対応を称賛していたが、パンデミックの進行に伴い態度を変え、世界保健機関(WHO)が中国政府から不当な圧力を受けているとして、WHOからの脱退を表明している。

ドイツも短期的には国内重視に舵を切り、医療用品の輸出禁止措置をとったが、その後転換した。メルケル氏はWHO改革の必要性については賛同しているものの、ワクチン開発に取り組む国際連携プロジェクトについては明確に支持している。

「米独のアプローチの違いは鮮明だ」と語るのは、米国と欧州の連携を推進する米国のシンクタンク、ジャーマン・マーシャル・ファンドのトーマス・クライネブロックホフ副総裁。「ナショナリズムと国際協調主義の差が現われている」


【関連記事】
・東京都、新型コロナウイルス新規感染47人 40日ぶりで40人超え
・巨大クルーズ船の密室で横行するレイプ
・ロンドンより東京の方が、新型コロナ拡大の条件は揃っているはずだった
・街に繰り出したカワウソの受難 高級魚アロワナを食べたら...

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イランが間接協議、域内情勢のエスカレーション回

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 7

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 8

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの…

  • 9

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 8

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中