最新記事

新型コロナウイルス

ワクチンができてもパンデミックが終わらない理由

How “Vaccine Nationalism” Threatens the Global War Against COVID-19

2020年5月21日(木)18時10分
デービッド・ブレナン

「何種類かのワクチンが開発され、有効性に優劣があったり、供給量が限られたりすれば、争奪戦が激化するだろう」と、ローゼンスタインはみる。

英王立国際問題研究所の世界保健部門のデービッド・ソールズベリーは本誌に対し、こうした状況はある程度避けられないと述べた。各国は最終的な治験結果を待たずに、有望な研究に多額の先行投資をするだろうと、ソールズベリーは言う。「結果が出てからでは手遅れになるからだ」

開発に成功した国は、輸出を許可する前に、国内で摂取を開始するだろうと、2013年まで英保健省で予防接種の実施を指揮していたソールズベリーは言う。

いち早く開発にこぎつけるため、手段を選ばない国もある。米捜査当局の調べで、中国政府とつながりがあるハッカー集団がアメリカの研究チームのデータを盗もうとしたとした疑いが明らかになった。

「治療薬やワクチン開発の有望な道筋を示すデータは、どんなものであれ、誰もが欲しがっている」と、ローゼンスタインは言う。「国際協力で研究開発を進めるため、全てのデータを公開しようという動きもあるが、技術やデータを所有する企業や公的機関が情報の共有を渋っている限り、情報の奪い合いはなくならない」

ワクチンを交渉カードに

有効なワクチンを開発できれば、その国にとっては大きな強みになる。一部の国はただではその強みを手放さず、長年の経済・政治課題を達成する切り札にするだろう。「少なくとも貿易や援助などに関するより広範な経済協議を有利に進めるために、水面下でワクチンが交渉カードとして使われる可能性がある」と、ローゼンスタインはみる。

ワクチン供給を交換条件として、パンデミックの責任なすり合いが決着する可能性もある。世界保健機関(WHO)の年次総会では、EUなどが新型コロナウイルスの発生源を明らかにするため、中国で独立した調査を実施することを提案し、中国は渋々ながら受け入れ姿勢を示した。

だが中国がワクチン開発に成功したら、各国への供給と引き換えに、調査要求を取り下げるよう圧力をかけ、初期対応のまずさに対する国際社会の批判ももみ消そうとするかもしれない。

アメリカが開発に成功したら、トランプ 政権は鬼の首でも取ったようにワクチンを政治利用するだろう。WHOを中国寄りと非難し続けるトランプ は総会にも欠席。既に資金拠出停止の恒久化を警告し、脱退までちらつかせている。

EUはじめ各国の指導者は、WHOを中心に世界がまとまらなければパンデミック封じ込めは不可能だと訴えている。ワクチンができれば、公平な普及を推進するのはWHOの役目だが、米中いずれかの国家エゴがそれを妨げれば、貧しい国々がしわ寄せを食うことになる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ゼレンスキー氏、平和と引き換えに領土放棄せず─側近

ワールド

米ウ代表団、今週会合 和平の枠組み取りまとめ=ゼレ

ビジネス

ECB、利下げ巡る議論は時期尚早=ラトビア中銀総裁

ワールド

香港大規模火災の死者83人に、鎮火は28日夜の見通
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果のある「食べ物」はどれ?
  • 4
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 5
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 6
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 9
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 10
    ウクライナ降伏にも等しい「28項目の和平案」の裏に…
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 5
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 6
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 9
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 10
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中