最新記事

中国

新型コロナウイルス感染爆発で顕在化 「習近平vs.中国人」の危うい構造

2020年4月5日(日)16時00分
宮崎紀秀(ジャーナリスト) *東洋経済オンラインからの転載

いち早く警告したのは市民

中国政府が、原因不明の肺炎患者から新型コロナウイルスが検出されたと正式に認めたのは1月9日だった。しかし、人々を救おうといち早く警鐘を鳴らしたのは中国当局ではなかった。市民だった。

感染の「震源地」、湖北省武漢にある武漢市中心医院の李文亮医師(享年34歳)はその1人である。李医師は、まだ中国政府が新型コロナウイルスによる肺炎の発生を公式に認めていなかった去年12月30日の段階で、「市場で7人のSARS(重症急性呼吸器症候群)感染が確認された」などの情報を、グループチャットに発信した。同僚の医師たちに防疫措置を採るよう注意喚起するのが目的だった。

感謝されてしかるべき行為であるはずが、4日後の1月3日、彼がその勇気ある行動によって受けたのは賞賛ではなく、地元警察からの呼び出しだった。

「グループチャットに流したSARSの情報は正しくなかった。今後は注意します」

警察で反省させられたうえ、訓戒処分を受けた。彼は、その後も同医院で治療を続けたが、新型コロナウイルスに感染し、2月7日帰らぬ人となる。34歳の若さだった。

怒りの声に中国当局も無視できず

tokei20200403_142001.jpg

距離を保ってスーパーマーケットに並ぶ人々。3月8日北京市内にて(筆者撮影)

李医師が、感染症の発生に注意喚起したにもかかわらず、処分を受けていた事実が明らかになり、国内でも怒りの声が上がった。インターネット上では、不正などの内部告発者を意味する英語のホイッスルブロワーを中国語に訳した呼称で彼をたたえた。

その世論は、中国当局も無視できなかった。最高の監察機関である国家監察委員会が事実関係の調査に乗り出すが、その調査結果が出たのは3月19日。同医師の死後1カ月以上経った後だった。

調査では12月中に武漢市内の複数の病院で実際に原因不明の肺炎患者が運ばれていた事実などにも触れ、李医師の処遇について「警察が訓戒書を作ったことは不当であり、法執行の手順も規範に合っていなかった」と結論づけた。

そのうえで、警察に対し訓戒書の取り消しと関係者の責任追及などを求めた。

この結果以外に、国営新華社通信が、調査チームとの質疑を報じた。その中で、李医師の情報発信が、社会にどのような作用を与えたかとの質問に対して、調査チームはこう回答している。

「一部の敵対勢力は中国共産党と中国政府を攻撃するために、李文亮医師に体制に対抗する"英雄""覚醒者"のラベルを貼っている。しかし、それは事実にまったく合わない。李文亮医師は共産党員であり、いわゆる"反体制人物"ではない。そのような下心をもつ勢力が、扇動したり、人心を惑わせたり、社会の不満を挑発しようとしているが、目的を達せられないことは決まっている」

おそらくこの調査結果の最大の目的は、李医師の行為は中国政府や共産党の正しさに沿うものだと、国民を納得させることだ。だが、この調査は重要な点に触れていない。李医師が訓戒によって口をつぐんでしまった事態が招いた重大な結果、すなわち、「情報隠し」が引き起こした感染拡大だ。とくに、医療関係者の防疫が後手に回ったために、武漢では医療崩壊が起きた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任へ=関係筋

ビジネス

米債市場の動き、FRBが利下げすべきとのシグナル=

ビジネス

米ISM製造業景気指数、4月48.7 関税コストで

ビジネス

米3月建設支出、0.5%減 ローン金利高騰や関税が
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    【徹底解説】次の教皇は誰に?...教皇選挙(コンクラ…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中