最新記事

感染症対策

新型コロナ、急がれる医薬品開発──抗ウイルス薬やワクチンがなかなかできないのはなぜ?

2020年3月25日(水)12時50分
篠原 拓也(ニッセイ基礎研究所)

ウイルスの場合、生物でないことが新薬開発をいっそう困難なものとしている。

たとえば、細菌であれば、たいていは細胞壁をもっているので、その合成を阻害する作用を持たせることが医薬品開発の足掛かりとなる。一方、ウイルスの場合、DNAまたはRNAを囲むタンパク殻はあるが、細胞壁のようなものはなく、ウイルス全般に効果がある汎用的なアプローチは考えにくいといわれる。

また、細菌は生存するための機構を一通り持っており、その増殖を止めるターゲットがいくつも考えられる。しかし、ウイルスの場合、みずから作るタンパク質が少なく、医薬品としての狙いどころが限られているともいわれる。

このため、これまでに、抗ウイルス薬は、HIV、インフルエンザ、B型・C型の肝炎など、限られた感染症に対するものしか開発されていない。今回と同様、コロナウイルスを原因とするSARS(重症急性呼吸器症候群/2002年に流行開始し、翌2003年に感染拡大ののち終息) や、MERS(中東呼吸器症候群/2012年に開始し、現在も中東地域で流行中) に対する抗ウイルス薬は、開発されていない。したがって、当面は、解熱や、筋肉痛の痛み止めなど、薬剤による対症療法が治療の中心となる。

抗HIV薬などを転用する臨床試験が本格化するが...

以上の通り、新型コロナウイルスの抗ウイルス薬を一から作るのは難しい。そこで、すでにある医薬品を、このウイルスの医薬品として転用できないか、という検討が進められている。既存薬から別の病気の薬効を見つけ出す手法は、「ドラッグ・リポジショニング」と呼ばれており、新薬開発でよく見られるものだ。

たとえば、解熱薬や頭痛薬として知られている「アスピリン」は、血液をさらさらにする作用を持っており、これを生かして、脳梗塞や心筋梗塞などの治療に用いられている。ほかにも、血管を拡張する作用を持つ狭心症の治療薬が、男性のED治療に転用されて、「バイアグラ」として実用化された例が有名だ。

今回の感染拡大では、すでに中国で、抗HIV薬やインフルエンザ薬を患者に投与する臨床試験が始まっている。

日本でも国立国際医療研究センターで試験的に抗HIV薬を患者に投与したところ、症状が良くなったとされている。集団感染が発生して横浜港に停留していたクルーズ船でも、患者の治療に抗HIV薬が用いられたという。厚生労働省は、肺炎患者に対して、抗HIV薬、新型インフルエンザ薬(いずれも国内承認薬)、エボラ出血熱治療薬(国内未承認薬)の3つを投与すると明らかにしている。今後は、その臨床試験が本格的に始められる予定だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ロイターネクスト:米第1四半期GDPは上方修正の可

ワールド

バイデン氏、半導体大手マイクロンへの補助金発表 最

ビジネス

米国株式市場=下落、予想下回るGDPが圧迫

ワールド

中国の対ロ支援、西側諸国との関係閉ざす=NATO事
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 3

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP非アイドル系の来日公演

  • 4

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 5

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 6

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 7

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    やっと本気を出した米英から追加支援でウクライナに…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 7

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 8

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中