最新記事

感染症対策

新型コロナ、急がれる医薬品開発──抗ウイルス薬やワクチンがなかなかできないのはなぜ?

2020年3月25日(水)12時50分
篠原 拓也(ニッセイ基礎研究所)

感染拡大を抑制できない状態が続く新型コロナウイルス ktsimage-iStock

<国内外の多くの医薬品メーカーがワクチンや抗ウイルス薬の開発に精力的に取り組んでいるのに、実用化にはまだ相当な時間がかかりそうな理由>

*この記事は、ニッセイ基礎研究所レポート(2020年3月13日付)からの転載です。

新型コロナウイルスの感染拡大が、世界中で進んでいる。3月12日現在、世界全体で感染者は12万5048人、死亡者は4613人。日本では、感染者は1316人、死亡者は22人(横浜港に停留したクルーズ船、中国からのチャーター機を含む)に達している。[世界保健機関(WHO)'Situation Report-52'(2020.3.12)より]  WHOは、3月11日、新型コロナウイルスを、「パンデミック(世界的な大流行)」と表明した。

今回の感染症は、致死率はそれほど高くないといわれている。しかし、感染防止のためのワクチンや、患者に投与する抗ウイルス薬はまだできておらず、感染拡大を抑制できない状態が続いている。

すでに国内・海外の多くの医薬品メーカーが、ワクチンや抗ウイルス薬の開発に精力的に取り組んでいるが、医薬品が世の中に出てくるまでには、相当な時間がかかるとみられている。

感染症に限らず、がんや認知症などさまざまな病気に対して、医薬品メーカーは、日々新薬開発の努力を重ねている。しかし、その開発には多くの困難が伴い、簡単には実用化に至らない。本稿では、その理由について見ていくこととしたい。

新薬開発にかかる多くの時間と費用

一般的に、1つの新薬の開発には9~17年の時間を要し、300億円以上もの費用が必要となる。新薬開発は、創薬、前臨床試験、臨床試験、審査を経て、薬事承認された後に薬価収載を経て販売に至る。販売して実用化された後は、患者への投与のモニタリングが行われる。

新薬開発は、多くの化合物の候補をふるいにかけていく作業といえる。そのために、医薬品候補となる化合物の種類をどれだけ持っているかが、医薬品メーカーの基礎体力となる。典型的には、創薬段階で、医薬品候補となる3万もの化合物から、前臨床試験までに250程度にまで絞られ、臨床試験に入るのは5つ程度となる。

この5つ程度の候補について、フェーズI~Ⅲの臨床試験を通じて、有効性や副作用の有無などをテストする。

まずフェーズIは、少人数の健康な人に投与して、副作用となる毒性の有無や程度を調べる。ここで特に問題がなければ、フェーズⅡに進み、少人数の患者に投与して、治療効果や安全性を確認する。あわせて、薬効の様子や適応症の検討、用量の設定なども行われる。

これをパスすると、最後のフェーズⅢに進み、多数の患者に投与して、有効性や安全性について確認する。確認にあたって、医薬品候補と色、形などは同じだが薬効のない偽薬(プラセボ)を用いて、薬を投与された患者の心理的効果が有効性に影響しないよう、慎重にテストする。

このフェーズⅢは、数千人規模の患者を対象とする本格的な臨床試験となることもあり、ここで研究開発費の約半分が費やされるといわれる。もしフェーズⅢを実施した後に、テストをパスした化合物が1つも残らなければ開発中止となり、新薬メーカーにとって巨額の費用損失となる。また、希少な病気に対する新薬開発では、臨床試験に必要な患者をどのように確保するかが大きな課題となる。

Nissei200324_1.jpg

SARSも MERSも抗ウイルス薬は開発されていない

感染症の場合も、一般の病気と同じような新薬開発の難しさがある。

感染症には、感染原因が細菌や寄生虫のような生物の場合もあれば、ウイルスのような非生物の場合もある。細菌や寄生虫は、細胞分裂による自己複製が可能で、栄養があるなどの条件が整えば増殖することが可能であり、その点から生物といえる。一方、ウイルスは自己複製できず、なんらかの細胞にとりついて増殖するしかない。このため、非生物ということになる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロ外相、イエメン攻撃の即時停止と対話要請 米長官と

ワールド

習主席、中国EU首脳会議の招請辞退と英紙報道 外交

ワールド

ケロッグ米特使の職務限定、ロシアが「ウクライナ寄り

ワールド

米がフーシ派に大規模攻撃 商船攻撃に強硬措置 31
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本人が知らない 世界の考古学ニュース33
特集:日本人が知らない 世界の考古学ニュース33
2025年3月18日号(3/11発売)

3Dマッピング、レーダー探査......新しい技術が人類の深部を見せてくれる時代が来た

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自然の中を90分歩くだけで「うつ」が減少...おススメは朝、五感を刺激する「ウォーキング・セラピー」とは?
  • 2
    「若者は使えない」「社会人はムリ」...アメリカでZ世代の採用を見送る会社が続出する理由
  • 3
    自分を追い抜いた選手の頭を「バトンで殴打」...起訴された陸上選手「私の苦痛にも配慮すべき」
  • 4
    『シンシン/SING SING』ニューズウィーク日本版独占…
  • 5
    エジプト最古のピラミッド建設に「エレベーター」が…
  • 6
    【クイズ】世界で1番「石油」の消費量が多い国はどこ…
  • 7
    白米のほうが玄米よりも健康的だった...「毒素」と「…
  • 8
    奈良国立博物館 特別展「超 国宝―祈りのかがやき―」…
  • 9
    鈍器で殺され、バラバラに解体され、一部を食べられ…
  • 10
    劣化ウランの有効活用にも...世界初「ウラン蓄電池」…
  • 1
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦している市場」とは
  • 2
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は中国、2位はメキシコ、意外な3位は?
  • 3
    「若者は使えない」「社会人はムリ」...アメリカでZ世代の採用を見送る会社が続出する理由
  • 4
    白米のほうが玄米よりも健康的だった...「毒素」と「…
  • 5
    【クイズ】世界で1番「石油」の消費量が多い国はどこ…
  • 6
    うなり声をあげ、牙をむいて威嚇する犬...その「相手…
  • 7
    【クイズ】ウランよりも安全...次世代原子炉に期待の…
  • 8
    自分を追い抜いた選手の頭を「バトンで殴打」...起訴…
  • 9
    SF映画みたいだけど「大迷惑」...スペースXの宇宙船…
  • 10
    中国中部で5000年前の「初期の君主」の墓を発見...先…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 5
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
  • 9
    「若者は使えない」「社会人はムリ」...アメリカでZ…
  • 10
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中