最新記事

東京五輪

「復興五輪」開催が福島の復興作業を遅らせる 

2020年3月5日(木)15時30分

復興作業は後回しに

福島復興を前面に掲げている政府の姿勢とは裏腹に、東京五輪の開催が本当に地域の再建に役立っているのか、という疑問も被災者や住民たちにはある。

福島原発に近い浪江町で飲食店を経営する新妻泰さん(60)は、五輪開催によって工事の人件費や資材コストが上がり、地域の再建プロジェクトは大きく遅れていると指摘する。

「家ひとつ立てるにしても、職人がいないから2年も3年も待たされる」と新妻さんは言う。「こちらは後回しにされているんです」

県の農業や水産業に関与する人々も、政府の対応には批判的だ。

「『アンダー・コントロール』って、何を言ってるんだと思いました」と、同原発から南に50キロ離れたいわき市の漁業協同組合の柳内孝之理事は話す。「復興をネタにオリンピックを勝ち取ったみたいな印象はありますよ」

地元漁業再生への支援を願う柳内さんの思いとは反対に、経済産業省は2月初旬、福島第1原発の汚染水の処理について、海洋放出と水蒸気放出を「現実的な選択肢」とした小委員会の報告を公表した。

同省は今後、地元自治体や漁業関係者などの意見を踏まえて具体的な対策に動く方針だが、柳内さんは風評被害がさらに広がり、地元漁業再生の可能性はさらに打撃を受けると懸念する。

被災者らからのこうした批判に対し、田中和徳復興相は記者会見でロイター通信の質問に答え、東京五輪を念頭に「地域住民に前向きな見方を持ってもらえるよう、関係各県、市町村、各種団体と力を合わせていきたい」と語った。

また、双葉町の伊澤史朗町長は「チェルノブイリと違って、私たちは住民の帰還が目的だ」とし、3月4日の双葉町の避難指示一部解除を「大きな進歩」と述べた。

怒りよりも、あきらめがあるだけ

しかし、解除の対象となるのはわずかな面積にとどまっており、困難区域の大半では帰還のめどが立たない状況が続く。

養蜂業を営んでいた双葉町からいわき市に転居し、レストランを開いている小川貴永さん(49)がかつて住んでいた場所は、コンクリートの瓦礫で覆われ、野生のイノシシなどの汚物も散らばる。昔の名残をとどめているのは庭にある小さなカエルの置物程度だ。

昔の友人や近所の人たちがこの町に戻ってくることはないだろうと小川さんは思っている。妻や子供たちを説得できず、ついに住居の取り壊しに踏み切った。

「もう怒りを感じる段階は過ぎました。ひたすら、あきらめがあるだけです」と小川さんは言った。

(編集:北松克朗)

[斎藤真理 竹中清

[双葉町(福島県)4日 ロイター]


トムソンロイター・ジャパン

Copyright (C) 2020トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます



20200310issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年3月10日号(3月3日発売)は「緊急特集:新型肺炎 何を恐れるべきか」特集。中国の教訓と感染症の歴史から学ぶこと――。ノーベル文学賞候補作家・閻連科による特別寄稿「この厄災を『記憶する人』であれ」も収録。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

優良信用スコア持つ米消費者、債務返済に遅れ=バンテ

ビジネス

メルセデス・ベンツ年金信託、保有する日産自株3.8

ワールド

イスラエルがガザの病院攻撃、20人死亡 ロイター契

ワールド

インドの格付け「BBB-」維持、高債務と米関税リス
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
特集:台湾有事 そのとき世界は、日本は
2025年8月26日号(8/19発売)

中国の圧力とアメリカの「変心」に危機感。東アジア最大のリスクを考える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット民が「塩素かぶれ」じゃないと見抜いたワケ
  • 2
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」の正体...医師が回答した「人獣共通感染症」とは
  • 3
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密着させ...」 女性客が投稿した写真に批判殺到
  • 4
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 5
    顔面が「異様な突起」に覆われたリス...「触手の生え…
  • 6
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 7
    【写真特集】「世界最大の湖」カスピ海が縮んでいく…
  • 8
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 9
    アメリカの農地に「中国のソーラーパネルは要らない…
  • 10
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに感染、最悪の場合死亡も
  • 3
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人」だった...母親によるビフォーアフター画像にSNS驚愕
  • 4
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
  • 5
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 6
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 7
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 8
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 9
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 10
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中