最新記事

貿易戦争

米中貿易合意で得をするのは米企業だけ、国民の利益にはつながらない

WHAT TRUMP DOESN’T KNOW ABOUT AMERICAN COMPETITIVENESS

2020年1月21日(火)15時00分
ロバート・ライシュ(米カリフォルニア大学バークレー校教授)

合意文書に署名したトランプと中国の劉鶴(リウ・ホー)副首相 KEVIN LAMARQUE-REUTERS

<米企業の知的財産権保護を盛り込んで中国と「第1段階」の貿易合意をしたトランプ――だがアメリカの大企業はすでに中国の人材に最新技術を授け、彼らの生み出す利益によって潤っている>

トランプ米政権が新年早々に中国と交わした「第1段階」の貿易合意。その目的には米企業の持つ知的所有権の保護を通じて、電気自動車(EV)をはじめとする最新技術を中国が取得するのを遅らせることが含まれている。

そうであれば実に皮肉なタイミングだ。米EVメーカー、テスラが巨費を投じて上海に建設した組立工場は、昨年末に「モデル3」の完成車を初めて送り出したばかり。中国は電動車両の世界最大の市場であり、そこでのシェア拡大を急いでいるテスラにとって、この「初出荷」は実にめでたい。しかしアメリカにとっては少しもめでたくない。テスラの上海工場で電動車両の量産技術を学んでいるのは中国人だからだ。

中国側は、テスラなどのグローバル企業からできる限り多くを学び取りたい。そして企業側も、中国への投資で自社が潤う限り、学ばれることを気にしない。

トランプは中国政府に特許や著作権の保護強化を要求している。だがテスラのような企業で貴重な経験を積んだ中国人は、その知識を平気でほかの場所に持ち込んで使う。一方で、知的財産権の保護が強化されれば米企業の利益は増えるから、テスラなどはますます中国への投資を増やす。

米大企業の非アメリカ化が進む

トランプはグローバル経済の基本的な現実を理解していない。アメリカ企業の利益と競争力は、アメリカ国民の幸福と競争力とイコールではない。アメリカ企業は合衆国に対して責任を負わない。彼らが気にするのは彼らの会社の株主だ。

そしてアメリカの大企業の株主の約30%は、アメリカ人ではない。資金はやすやすと国境を越えていくから、非アメリカ人株主の比率は増えるばかりだ。

アメリカに本社を置く大企業500社の非アメリカ化は着実に進んでいる。従業員の40%は国外にいる。研究開発も、優秀な技術者や科学者がいる国で行っている。

結果、中国は今やアメリカを上回る研究開発大国となった。米企業がこの10年で、アジアへの研究開発投資を約2倍に増やしたからだ。なにしろ中国市場は巨大で、まだ成長力があり、優秀な研究者や教育水準の高い労働者も増えている。2017年にはゼネラル・エレクトリック(GE)が中国を「重要かつ不可欠な市場」と位置付け、同国での先進的な製造設備やロボット分野の投資を増やすと発表した。グーグルも人工知能の研究所を北京に開設している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

中国の米国産大豆の購入は「予定通り」─米財務長官=

ワールド

ハセットNEC委員長、次期FRB議長の最有力候補に

ビジネス

中国アリババ、7─9月期は増収減益 配送サービス拡

ビジネス

米国株式市場・午前=エヌビディアが2カ月ぶり安値、
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    使っていたら変更を! 「使用頻度の高いパスワード」…
  • 10
    トランプの脅威から祖国を守るため、「環境派」の顔…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 8
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中