最新記事

台湾のこれから

蔡英文「優勢」の台湾総統選、有権者の揺れる思いと投票基準

TAIWAN’S VOTER PREFERENCE

2020年1月8日(水)16時30分
王純美(台湾人ジャーナリスト)

さらに大きな影響が香港からやって来た。19年3月に始まった逃亡犯条例改正案の反対運動だ。香港警察が抗議者に激しい弾圧を加えているのを見て台湾人は驚き、中国によって統一されれば善良な庶民がひどい目に遭うと恐れた。

国民党の支持者は、勢いのある韓が高雄市長選を席巻したように総統選に変化を起こすことを期待していた。しかし、韓が高雄市長に就任した後、数カ月で総統選への立候補を表明したことは、市民の目には無責任と映った。スキャンダルが次々に暴かれ、過激な言動にも支持者は不安を覚えた。中間層の有権者だけでなく、国民党支持者すらこのような人物がわが国の代表になって本当に大丈夫なのか、と疑問に思い始めた。

企業家で鴻海精密工業創業者の郭台銘(クオ・タイミン)に望みを託す人もいた。彼と中国との関係はやはり心配だが、トランプのように台湾経済を復活させるとも期待されていたからだ。しかし国民党の予備選で韓が朱と郭を破り、その選択肢は消えた。今回の選挙で、蔡や韓に投票したくない人は「第3の党」である親民党の宋楚瑜(ソン・チューユィ)に入れるか、棄権して無言の抗議を表明するかの選択を迫られている。

蔡が総統に就任してからの3年半、各種経済データは実は悪くない。米中貿易戦争の余波で、台湾人ビジネスマンの投資が大陸から戻ってきており、台湾のIT業界は大陸の企業から振り替えられた注文で利益を上げている。株価の加権指数は30年前に到達したきりだった1万2000に持ち直した。国民党は得意の「経済カード」を思うように切れなくなっている。

直近の世論調査を見れば、1月11日の総統選では蔡英文再選の可能性が高い。その余波は国民党が優勢だった立法委員( 国会議員) 選挙(同日実施)にも及ぶだろう。彼らが過半数を獲得するのは容易ではない。

民進党と国民党は台湾社会の両極端の価値観を代表する存在だ。選挙結果はそれぞれの支持者のそれぞれの党への「回帰」であり、蔡と韓の得票差は大きく開かないかもしれない。ただ選挙後の台湾社会には和解とコンセンサスが必要だ。そうでなければ、アメリカそして中国との情勢の激変に対処できない。

ほとんどの台湾人の望みは、既存の民主主義システムを守りつつ、穏やかに生活することだけなのだが。

<1月14日号「台湾のこれから」特集より>

【参考記事】今、あえて台湾に勧める毛沢東戦術

20200114issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年1月14日号(1月7日発売)は「台湾のこれから」特集。1月11日の総統選で蔡英文が再選すれば、中国はさらなる強硬姿勢に? 「香港化」する台湾、習近平の次なるシナリオ、日本が備えるべき難民クライシスなど、深層をレポートする。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

日銀には政府と連携し、物価目標達成へ適切な政策期待

ワールド

アングル:中国の「内巻」現象、過酷な価格競争に政府

ワールド

対ロ圧力強化、効果的措置検討しG7で協力すること重

ワールド

ロシア外務次官、今秋に米国との新たな協議を期待 両
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く締まった体幹は「横」で決まる【レッグレイズ編】
  • 4
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 5
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 6
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中