最新記事

NATO

NATOの「脳死」はトルコのせいではない

Don’t Blame Turkey for NATO’s Woes

2019年12月4日(水)18時55分
シナン・ユルゲン(トルコの経済外交政策研究所会長)

同床異夢──NATOは脳死状態と言ったマクロン仏大統領(左)と猛反発したトルコのエルドアン大統領(右から2番目)(12月3日、NATO首脳会議前に英首相官邸で) Murat Cetinmuhurdar/REUTERS

<設立70周年を迎えたというのに、シリアをめぐるアメリカとトルコの対立で、NATOは機能不全に陥っている。だが本当の問題は二国間対立以上の根本的なところにある>

NATO創設70周年に合わせて12月3日からロンドンで首脳会議が開催されているが、NATOの結束はかつて例をみないほど危うい状態だ。

フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、11月7日に英エコノミスト誌が掲載したインタビューで、NATOは「脳死」に至っていると語った。ドナルド・トランプ大統領が率いるアメリカはもはやヨーロッパの防衛に関心がない、と彼は論じた。そしてNATOの政治的機能不全の証拠として、欧州が反対したトルコのシリア侵攻をトランプが黙認したことを挙げた。

NATO多国籍軍の訓練


トルコ政府はまた首脳会議直前に、同国が敵対するクルド人組織をテロ組織とみなすようNATOに要求し、それが認められなければ、ロシアの脅威に対抗するNATOの「バルト3国・ポーランド防衛計画」を支持しない姿勢を表明、各国の非難の的となった。こうした経緯から、NATOの政治的結束を脅かす元凶はトルコだ、という主張が生まれる。

だが、答えは簡単ではない。NATOは現在、国際的な安全保障環境の変化に適応する過程にある。内部に意見対立はあるものの、NATOは状況によって変化する同盟だ。冷戦終結以来、変わりゆく国際環境を把握し、その主要任務と戦略を新しい状況に適応させようと努めてきた。

この変革の政治的契機となったのは、2010年のNATO首脳会議で採択された「新戦略概念」だった。このときに軍事同盟としてのNATOの役割が見直された。同盟国の国境を超えた国際的な安全を目指す協調的安全保障を新たに加えたのだ。これが、国家安全保障とNATOの役割についての加盟国の見方が変化する前触れとなった。

従来の境界を超えた活動

NATOの従来の存在理由は領土防衛だった。NATOは、通常兵器および核兵器能力を使って、加盟国の領土に対する攻撃を阻止した。しかし冷戦の終結とともに、NATOはアイデンティティーの危機に直面した。東側の軍事同盟であるワルシャワ条約機構とNATOの加盟国間で人類の存亡がかかった全面戦争が起きる危険はなくなった。ヨーロッパの中心部で起きた90年代のユーゴスラビア紛争への軍事介入は、NATOにこれまでとは異なる形で存在価値があることを実証した。

2010年の新戦略構想はこうした変化を前向きにとらえ、NATOが従来の境界を超えて、以前は「管轄外」または立ち入り禁止区域と考えられていたアフガニスタンやリビアなどの地域と関わることを認めた。これが可能になったのは、NATO加盟国が自国の安全保障と世界的の平和をリンクさせて、より全体的な視点で見るようになったからだ。

これによって、NATOの戦略的評価に応じてあらゆる不測の事態に必要な能力を開発するために、NATO防衛計画の徹底的な見直しが必要になった。最新の防衛計画は、NATOが現地の状況によりよく対応できるように、バルト3国および東ヨーロッパをカバーする東部方面と、トルコに焦点を当てた南部方面とで、それぞれ別に準備された。

公表されていないが、NATOは2016年初頭にこれらの計画を決定したという報告がある。NATOの最高意思決定機関である北大西洋理事会では採択に必要な全会一致の評決を阻む大きな問題はなく、計画はすべての同盟国から政治的に支持されていた。

<参考記事>ロシア製最先端兵器を買ったトルコから崩れはじめたNATOの結束
<参考記事>ロシアがクリミアの次に狙うバルト3国

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国、米の半導体貿易政策を調査 「差別的扱い」 通

ワールド

アングル:米移民の「聖域」でなくなった教会、拘束恐

ワールド

トランプ氏、NATOにロシア産原油購入停止要求 対

ワールド

中国が首脳会談要請、貿易・麻薬巡る隔たりで米は未回
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人に共通する特徴とは?
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 5
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で最も「火山が多い国」はどこ?
  • 9
    村上春樹は「どの作品」から読むのが正解? 最初の1…
  • 10
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中