【全文公開】韓国は長年「最も遠い国」だった(映画監督ヤン ヨンヒ)

KOREA, MY OTHER “HOMELAND”

2019年10月8日(火)17時40分
ヤン ヨンヒ(映画監督)

当時のメディアの腐敗については、現在さまざまな番組で反省の題材になっている。言論統制下での弾圧と闘った記者たちを描いたドキュメンタリー作品も多い。朴前大統領を弾劾したキャンドルデモについて語るときは皆、2014年の「セウォル号」沈没事故を契機に国の在り方を真剣に顧みたと口をそろえる。

文政権発足後の韓国についての私の印象は、自国の闇の歴史と向き合うという姿勢だ。昨年4月に「済州4・3」70周年慰霊式で声を震わせながら済州島民に深く謝罪した文大統領の追悼スピーチは、式典会場からどよめきが起こるほど率直で誠意の込もったものだった。3万人の島民が自国民によって虐殺された事実について全ての韓国人が知るべきだと呼び掛けた「『済州4・3』は大韓民国の歴史です」キャンペーンは、有名俳優たちの協力も得てメディアで広く拡散された。

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母(左)と共に「済州4・3」の地を訪れた PHOTO BY JJ

自身が「済州4・3」の生存者であるという母の告白を受け、その人生をドキュメンタリー映画にしようと決心した私は、母と一緒に慰霊式に参加していた。自国の闇の歴史を徹底的に調査し後世に伝えようと努力する人々の姿に圧倒された。そして人々は、ベトナム戦争時の韓国軍の蛮行についても語っていた。被害と加害、両方の歴史を後世に伝えようとする韓国人の姿に未来への希望を感じている。

扇動的なタブロイドメディアにむしばまれた感覚では、常に脱皮し続けるこの国の現状はつかめないだろう。私が韓国と直接知り合ってまだ15年しかたっていない。日韓の境界線を生きる身として、信頼するわがスタッフの言葉をかみ締めている。「日本と韓国がお互いの良いところを学び合って信頼を築けば、世界が羨む国を造れるのに」。ちまたに憎悪がまき散らされた状況では、楽観的過ぎるくらいが丁度いいような気がする。

(筆者は日本在住の映画監督。代表作に『ディア・ピョンヤン』〔05年〕、『かぞくのくに』〔12年〕など)

<本誌2019年9月24日号「日本と韓国:悪いのはどちらか」特集より>

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※2019年9月24日号(9月18日発売)は、「日本と韓国:悪いのはどちらか」特集。終わりなき争いを続ける日本と韓国――。コロンビア大学のキャロル・グラック教授(歴史学)が過去を政治の道具にする「記憶の政治」の愚を論じ、日本で生まれ育った元「朝鮮」籍の映画監督、ヤン ヨンヒは「私にとって韓国は長年『最も遠い国』だった」と題するルポを寄稿。泥沼の関係に陥った本当の原因とその「出口」を考える特集です。

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※2019年10月15日号(10月8日発売)は、「嫌韓の心理学」特集。日本で「嫌韓(けんかん)」がよりありふれた光景になりつつあるが、なぜ、いつから、どんな人が韓国を嫌いになったのか? 「韓国ヘイト」を叫ぶ人たちの心の中を、社会心理学とメディア空間の両面から解き明かそうと試みました。執筆:荻上チキ・高 史明/石戸 諭/古谷経衡

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