最新記事

経済

欧州中銀は贅沢な悩みに過剰反応するな

THE ECB’S DEFLATION OBSESSION

2019年9月18日(水)12時00分
ダニエル・グロー(欧州政策研究センター研究部長)

ドラギECB総裁は緩和に積極的な「ハト派」として知られる KAI PFAFFENBACHーREUTERS

<ユーロ圏の成長は3%前後で賃金と雇用も好水準にあるのに、デフレリスクを必要以上に警戒するのは誤りだ>

中央銀行の最大の仕事は物価を安定させること。そして現在、ほとんどの先進国の物価は安定している。それなのに各国の中央銀行はじっとしていられないらしい。

デフレ退治の決意を市場に見せつけようと、追加的な刺激策を模索する国もある。それが最も顕著なのはECB(欧州中央銀行)だ。だがその姿勢は、デフレリスクを必要以上に過大視している。そもそも物価は下落していない。中央銀行の理想よりも上昇のペースが遅いだけだ。

例えばユーロ圏のコアインフレ率(変動の大きいエネルギーと食品を除く物価上昇率)は、前年比1%程度で、今後10年はこのペースが続くとみられている。ところがECBは、このような低インフレは全く容認できないと考えている。

それはECBが、物価の安定を「同一水準を維持すること」ではなく、「年2%近くの上昇を遂げていること」と定義しているからだ。

FRB(米連邦準備理事会)と日本銀行もそうだ。中央銀行が物価の硬直化を嫌う理由は主に2つある。第1に、物価が下落すれば、政府債務の実質価値が膨らむという問題がある。

とはいえ、現在の名目金利はほぼゼロ。つまり借金の本当のコストは増えない。それに債務返済を管理する上で重要なのは、歳入が債務残高を上回るペースで増えることであって、物価上昇率が金利上昇率を上回ることではない。

この点、ユーロ圏は一段と好環境にある。名目GDPの成長率は3%前後で、ほぼ全加盟国の長期金利を大きく上回っている。この結果、プライマリーバランスの均衡を維持すれば(つまり税収で一般歳出をカバーすれば)、政府債務は対GDP比で自然と目減りしていく。

同様のことは家計にも言える。ユーロ圏では所得が年3%のペースで増える一方で、住宅ローン金利はゼロに近づいているから、消費者の支払い能力は時間がたつにつれて高まるだろう。

日本の例が意味すること

中央銀行が物価の横ばい状態を嫌う2つ目の理由は、個々の物価が実質ベースで下がりにくくなる可能性があるからだ。

市場経済では、モノやサービスの相対価格は需給に応じて調整される必要がある。従って、全体的に物価が安定するためには、価格が上昇しているモノがある一方で、下落するモノも必要だ。問題は、企業が小売価格を下げたとき、それに合わせて名目賃金も引き下げるのは容易ではないことだ。従って賃金は理論上、名目ベースではなく、実質的に下がる余地があったほうがいい。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

訂正(発表者側の修正)東京コアCPI、11月は+2

ビジネス

英自動車生産、10月は前年比23.8%減 ジャガー

ワールド

香港大規模火災の死者94人に、鎮火は28日夜の見通

ビジネス

小売販売額10月は前年比1.7%増、PCなど家電増
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 5
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 6
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 7
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 8
    「攻めの一着すぎ?」 国歌パフォーマンスの「強めコ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 5
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 6
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 10
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中