最新記事

北朝鮮

「現実が見えてない」金正恩のミサイル連射に平壌市民が反発

2019年8月20日(火)15時20分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

北朝鮮の国営メディアは新型ミサイルの打ち上げに成功したと報じているが KCNA-REUTERS

<急激に食糧事情が悪化する北朝鮮では、政権の支持基盤である「核心階層」からも金正恩に対する批判が上がっている>

「最高指導者の言うことに文句も言わず、黙々と従うロボット」。北朝鮮の人々に対してはかつて、このようなイメージが強かった。だが実際には、表向きは金正恩党委員長を褒め称えながらも、裏では毒を吐き、官憲の横暴にも様々な形で抵抗する「面従腹背」が、北朝鮮の人々の真の姿なのだ。

参考記事:金正恩命令をほったらかし「愛の行為」にふけった北朝鮮カップルの運命

ただ、思想的に問題がないとされた「選ばれし者」だけが居住を許される首都・平壌の状況は少し違う。他の地方とは比べ物にならないほど優遇され、それなりの生活レベルを保証されていることもあり、政権への不満が出にくい土地柄なのだ。しかしそれも、最近は少し様子が異なるようだ。

女性芸能人ら「失禁」

平壌のデイリーNK内部情報筋によると、昨年までは父親(金正日総書記)より息子(金正恩氏)の方がマシで、北朝鮮のために「国際社会でがんばっている」という、金正恩氏を評価する意見が多かった。

だが、今年に入ってから急激に食糧事情が悪化し、平壌市民ですら配給が受け取れなくなり、期待していた制裁の解除も行われなかったことから、不安が広がり世論が悪化したという。

「栄誉軍人(傷痍軍人)、党機関の幹部など、何があっても配給をもらえた階層すら、今年初めから配給が全く受け取れていない」(情報筋)

同様に優遇されていた軍需工場の労働者、保安員(警察官)、保衛員(秘密警察)に 対する配給も滞っていると伝えられている。

また、最近相次いでいる短距離弾道ミサイルの発射についても世論は否定的だ。国営メディアは新型ミサイルの打ち上げに成功したと報じているが、人民の暮らしをないがしろにして、兵器の開発にばかりカネをつぎ込んでいるという意見が多いという。

平壌市民は、金正恩氏の政治スタイルも批判するようになった。

「住民は元帥様(金正恩氏)が父親より暴虐な政治をしていると話している。自分が気に入らなければ、誰であろうと亡き者にするという話をする人もいる」(情報筋)

実際、金正恩氏は気に入らない人物をことごく銃殺しており、その様子を見ることを強制された女性芸能人らは誰もが失禁してしまったという。

参考記事:女性芸能人たちを「失禁」させた金正恩氏の残酷ショー

別の平壌の情報筋は、膠着状態にある米朝間の交渉を巡り、平壌市民の世論が悪化していると伝えた。

今年6月30日に板門店で3度目となる米朝首脳会談が行われた。トランプ大統領が米国の大統領として初めて北朝鮮側に入るなど、世界の耳目が集中したが、その映像を見た平壌市民は酷評しているというのだ。

「今年だけでも北南と朝米の首脳会談が複数回行われたが、何の成果もなかった。住民は、元帥様が外国の首脳と10回会談しても20回会談しても何も変わらず、人民の暮らしは苦しいままだと嘆いている」(情報筋)

そんな世論の悪化を、当局はプロパガンダで抑え込もうとするばかりだ。人民班(町内会)の会議や政治講演会で「自力更生で頑張ろう」などと訴えるだけで、住民からは「現実を認識できていない」との批判の声が上がる。

また、情報筋は「元帥様が外国の首脳と会談しても交渉しても構わないから、商売をして食べていけるように取り締まりをやめてほしい」との声も多く上がっていると伝えた。

世論悪化について北朝鮮で高官を勤めたことのある脱北者は、金正恩氏の支持基盤と言える平壌市民からこのような批判の声が上がっていることについて「核心階層が動揺している」と指摘し、金正恩氏が批判を汲み取り、米朝交渉で制裁緩和や解除をより積極的に要求するだろうと分析した。

労働党の高級幹部の間では「今年秋にも金正恩氏が訪米する」との噂が流れているとのことだが、この脱北幹部は、中央党(朝鮮労働党中央委員会)が住民の不満を抑えるために意図的に流したと見ている。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「NKNews」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg


ニューズウィーク日本版 トランプvsイラン
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年7月8日号(7月1日発売)は「トランプvsイラン」特集。「平和主義者」の大統領がなぜ? イラン核施設への攻撃で中東と世界はこう変わる

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

プーチン氏「グローバリゼーションは時代遅れ」、新興

ビジネス

5月実質賃金2.9%減、5カ月連続 1年8カ月ぶり

ビジネス

インド、米自動車関税に対抗し報復関税 WTOに通知

ワールド

関税引き上げ8月1日発効、トランプ大統領「複数のデ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗」...意図的? 現場写真が「賢い」と話題に
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    コンプレックスだった「鼻」の整形手術を受けた女性…
  • 7
    「シベリアのイエス」に懲役12年の刑...辺境地帯で集…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 10
    ギネスが大流行? エールとラガーの格差って? 知…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 6
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 7
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 10
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中