最新記事

香港デモ

香港の若者は、絶望してもなぜデモに行くのか

2019年7月18日(木)16時18分
倉田 徹(立教大学教授)

香港・新開地区の商業施設で、警官隊のペッパースプレーを浴びるデモ隊(7月14日) Tyrone Siu-REUTERS

<どんなに抵抗しても、香港の自由は中国にどんどん奪われてきた。それでも戦い続ける若者たちの思いとは>

香港のデモが止まらない。香港政府が提案した、刑事事件の容疑者を中国に引き渡すことを可能にする「逃亡犯条例」改正への反対デモは、6月9日に103万人、16日には200万人規模に達した。このデモでは特に、若者たちの活発さが目立つ。こうした大規模デモのほか、6月12日には香港の議会である立法会を包囲して警官隊と衝突となり、催涙弾やゴム弾での鎮圧を受けて多数の負傷者を出した。7月1日にはとうとう立法会に突入した。デモは7月下旬に至っても毎週続けられている。

日本も参議院議員選挙の投票日を前にしているが、前回2016年の参院選の20歳代の投票率は35.6%と、同じ東アジアにありながら、香港と日本の若者の政治意識は対照的である。香港の若者は、なぜデモに行くのだろうか。

「民主はないが、自由はある」体制

1997年にイギリスから中国に返還された香港は、「一国二制度」方式で統治されている。社会主義中国の統治の下で、イギリスが残した資本主義の体制を維持するという意味である。この体制の下での香港では、政治は中国の一党独裁体制の延長線上にあり、香港の民意よりも共産党政権の意向が政治を左右する。他方、社会は欧米型の自由な市民社会であり、NGOやメディア等も活発で、政治的言論の発表やネットの利用などは自由である。このような、政治は権威主義、社会は自由という体制は、世界的にも極めて稀である。

このような体制では、選挙で民意を表すことは難しい。立法会の選挙は、半数の35議席しか普通選挙では選出されない。残り35議席は職業によって有権者を分類する枠となる。うち30議席は、財界人を中心とした、人口の3%ほどのエリートしか投票できない。企業経営者や専門職などの資格を持たない残りの約97%の一般市民は、「その他枠」5議席にしか投票権がない。つまり、人口の3%が30議席、97%が5議席を選ぶので、一票の格差は途方もない。結果的に、議会は必ず、北京と良好な関係を持つ財界の既得権益層が主導することになる。行政長官の選挙に至っては、上記約3%の有権者が1200人の委員を選び、その委員が長官を選ぶ仕組みであるから、97%には一切投票権がない。

しかし、民主主義国並みの言論や報道、集会・結社の自由は存在しているので、一般の香港市民が政治的な意思表示をしようと思えば、デモを行うことが一つの有力な方法である。香港ではデモに行くことを「足で投票する」とも言う。自身の意思を直接政府に見せつけ、対応を求めるのである。香港は「デモの都」とも呼ばれ、警察統計では2018年には1097件ものデモが行われた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

インフレ基調指標、10月の刈り込み平均値は前年比2

ワールド

米民主党上院議員、核実験を再開しないようトランプ氏

ビジネス

ノボノルディスクの次世代肥満症薬、中間試験で良好な

ワールド

トランプ氏、オバマケア補助金延長に反対も「何らかの
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 8
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 9
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 10
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 8
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中