最新記事

香港デモ

香港の若者は、絶望してもなぜデモに行くのか

2019年7月18日(木)16時18分
倉田 徹(立教大学教授)

非民主的な政府であっても、安定した政治のためには民意の支持が必要である。デモは政府にとっても民意を知るための重要な機会であり、その訴えは尊重することが慣例となってきた。実際、2003年には、反政府的言論の統制につながるとみられた「国家安全条例」への50万人規模の反対デモが起き、同条例は廃案になった。2012年には、中国式の洗脳教育と批判された「愛国教育」の導入に反対する若者の大規模な座り込みが発生し、政府は同科目必修化を断念した。

「雨傘運動」後の変化

こうした香港の「慣例」は、2014年の民主化要求の「雨傘運動」後は大きく変化する。非民主的な体制を改め、「真の普通選挙」の実現を求めた若者らは、主要道路を3カ所で占拠して2カ月以上政府に圧力を加えた。しかし、決定権を持つ北京の中央政府は一切応じず、民主化推進はできないまま運動は終わった。世界的にも注目を集めた大抗議活動を政府は無視し、デモ尊重という香港の「慣例」は崩れた。

西洋風の社会で、民主主義的な価値観の中で育った香港の若者は、対話に応じない中国政府への不満と違和感を強め、中国からの独立を主張する運動や団体も生まれた。香港において、独立が真剣に議論されたのはこの時が初めてと言ってよい。北京はこれに激怒し、香港政府は若者の政治運動の抑制に走った。政府が過去の言論を審査し、「独立派」と見なされた者は、選挙への出馬資格を失うという方法が2016年に導入され、その適用範囲は徐々に拡大された。2018年には、香港独立を訴える政治団体が、暴力団同様に非合法化された。立法会では議事規則が改正され、民主派などの反対意見の表明の機会が大きく制限され、政府法案がどんどん成立する状況となった。その機に政府は、中国大陸と香港を結ぶ高速鉄道の問題など、反対意見も多い法案を順調に可決させ、中国大陸との経済融合の政策を強力に進めた。
 こうして、反対意見の表明や社会運動は無力化された。絶望の中で一部の若者は、これもまた「足で投票する」と称される、外国や台湾への移民を選択した。しかし、大部分の者は無力感をかみ殺して香港に生きるしかなかった。

体制を変える、絶望的な闘い

そこに突如、逃亡犯条例問題が浮上した。中国の司法は反体制派に対して極めて過酷である。香港で政治犯と見なされた者が大陸に送られる仕組みができたら、先述のような自由な社会という香港の特徴は失われ、若者の感覚では香港は終わりである。逃亡犯条例に反対する者は、中国に送るという意味でこの条例を「送中条例」と呼んだが、「送中」は中国語で「送終」、即ち臨終と同音であり、抗議は最初から、香港の「死」を食い止めようとの凄惨な覚悟に覆われていた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア、和平協議で領土問題含む主要議題協議へ=大統

ワールド

ロシア、ナワリヌイ氏毒殺改めて否定 欧州主張「虚偽

ワールド

中国のロシア産原油輸入、2月は過去最高へ インド買

ワールド

アングル:トランプ氏のバッド・バニー批判、中間選挙
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:習近平独裁の未来
特集:習近平独裁の未来
2026年2月17日号(2/10発売)

軍ナンバー2の粛清は強権体制の揺らぎか、「スマート独裁」の強化の始まりか

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    なぜ「あと1レップ」が筋肉を壊すのか...「高速パワートレーニング」が失速する理由
  • 2
    【銘柄】マイクロソフトの株価が暴落...「AI懸念」でソフトウェア株総崩れの中、投資マネーの新潮流は?
  • 3
    「ヒンメルならそうした」...コスプレイヤーが消火活動する動画に世界中のネット民から賞賛の声
  • 4
    「目のやり場に困る...」アカデミー会場を席巻したス…
  • 5
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
  • 6
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    それで街を歩いて大丈夫? 米モデル、「目のやり場に…
  • 9
    フロリダのディズニーを敬遠する動きが拡大、なぜ? …
  • 10
    世界市場3.8兆円、日本アニメは転換点へ――成長を支え…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 3
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 4
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 5
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
  • 6
    ビジネスクラスの乗客が「あり得ないマナー違反」...…
  • 7
    【銘柄】マイクロソフトの株価が暴落...「AI懸念」で…
  • 8
    「ヒンメルならそうした」...コスプレイヤーが消火活…
  • 9
    がんは何を食べて生き延びるのか?...「ブドウ糖」の…
  • 10
    なぜ「あと1レップ」が筋肉を壊すのか...「高速パワ…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 6
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 7
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 8
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 9
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 10
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中