最新記事

東南アジア

インドネシア、パプアの戦闘激化で国軍兵士600人増派 治安維持に躍起

2019年3月10日(日)20時40分
大塚智彦(PanAsiaNews)

軍部隊を待ち伏せ攻撃、兵士3人死亡

こうしたなか、3月7日午前8時(現地時間)ごろ、パプア州ンドゥガ県ムギ地方で移動中の兵士25人に対し、武装組織による待ち伏せ攻撃があり、激しい銃撃戦の末、兵士3人が死亡する事件が発生した。

武装勢力側も死傷者を出し、少なくとも7人が現場で殺害されたと軍は発表しているが、別の情報では死亡が確認されたのは1人で、他の死者は仲間が収容して山中に避難、行方不明となっているという。

兵士3人死亡という事態を受けて軍は素早く反応、現地に600人の兵士をスラウェシ島マカッサルの部隊から3月9日に急派することを決めた。

さらにジョコ・ウィドド大統領の大統領首席補佐官を務めるムルドコ元国軍司令官(退役陸軍大将)が3月8日、地元紙「テンポ」に対して「(襲撃事件を起こした)彼らに対する評価、考え方を見直すべきではないか。だいたい彼らは本当に犯罪組織といえるのだろうか」と現在の政府、治安当局の見解に疑問を呈した。「犯罪組織というなら(ジャカルタ市内の治安が悪いとされる)タナアバンの犯罪組織と同じではないか。もしインドネシアからの分離を求める武装組織なら軍の対応も別のレベルになる。現在の犯罪組織との戦いというレベルでは最前線の部隊、兵士にも戸惑いや混乱がある」として「犯罪組織なのか独立運動組織なのか再考する必要あるだろう」との見方を示した。

こうした見方は2018年12月の19人が殺害された事件直後からマスコミや政権内部でも指摘された「OPMないしその分派による分離独立運動の一環である」との見方を裏付けるもので、当初「犯罪組織」として容易に対処できると踏んだ治安当局、そしてジョコ・ウィドド政権の読みが甘く、さらに深刻な事態を招いた結果ということができるだろう。

大統領選に向けた治安維持が急務

大統領首席補佐官という立場にあるムルドコ元国軍司令官がこうした見解を示した背景には当然のことながらジョコ・ウィドド大統領の意向が反映しているのは確実といえる。

治安当局が4月17日に迫った大統領選、総選挙に向けたインドネシア国内の治安維持に神経を尖らせる中で、パプアの現状に何らかの有効な手立てを講じる必要性を大統領自身も認識しており、軍の増派にも同意したものとみられている。

そうしたパプアの現状に人権団体などは「犯罪組織なのかOPMなのかに関わらず、現地では住民からの情報収集に名を借りた治安当局による脅迫、拷問、暴行などの人権侵害が横行している」と指摘、警告している。

パプアのンドゥガ県では、2月20日までに学生や生徒約400人が隣接するジャヤウィジャヤ県に避難する事態も起きている。

ンドゥガ県教育委員会は「学校の教育現場へ突然制服姿で兵士らが侵入してきている」ことなどから学生や生徒がトラウマ状態に陥るケースが相次いだため避難という措置をとったという。

遠隔地パプアのさらに山間部という地域で起きていることに関してインドネシアのマスコミも十分な取材ができない状況で、増強された国軍部隊が治安維持という「錦の御旗」の下、パプアの住民に対して何を実際に行っているのか、行おうとしているのか、闇の部分はさらに深まるばかりである。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

202404300507issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年4月30日/5月7日号(4月23日発売)は「世界が愛した日本アニメ30」特集。ジブリのほか、『鬼滅の刃』『AKIRA』『ドラゴンボール』『千年女優』『君の名は。』……[PLUS]北米を席巻する日本マンガ

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

世界EV販売は年内1700万台に、石油需要はさらに

ビジネス

米3月新築住宅販売、8.8%増の69万3000戸 

ビジネス

円が対ユーロで16年ぶり安値、対ドルでも介入ライン

ワールド

米国は強力な加盟国、大統領選の結果問わず=NATO
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 3

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親会社HYBEが監査、ミン・ヒジン代表の辞任を要求

  • 4

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 5

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    ロシア、NATOとの大規模紛争に備えてフィンランド国…

  • 9

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 10

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 8

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中