最新記事

事件

明暗分かれた金正男暗殺実行犯2人 インドネシア・ベトナム両国の温度差と人権感覚が背景か

2019年3月16日(土)18時46分
大塚智彦(PanAsiaNews)

自身の解放を期待したベトナム人ドアン・ティ・フォン被告だったが…… Lai Seng Sin / REUTERS

<世界を震撼させた暗殺事件から2年。その実行犯として捉えられた2人の女の運命は政治によって大きく分かれた>

北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長の異母兄、金正男氏が2017年2月13日マレーシアのクアラルンプール国際空港で猛毒のVXガスで殺害された事件で、マレーシア最高検察庁は2人の女性実行犯のうちインドネシア人被告を3月11日に起訴取り下げで釈放したが、もう1人のベトナム人被告の起訴取り下げを却下した。

同じ事件の殺害実行犯として殺人罪で起訴、公判中だった2人が、釈放と公判継続と明暗が分かれる形になったが、ニュー・ストレーツ・タイムズとベトナム人記者らの情報によると背景にはマレーシア検察当局とマハティール首相の政治判断があったとの見方が有力となっている。

さらに「公正な裁判を求めながらも自国民の被告の早期釈放」を訴え続けてきたインドネシア政府とベトナム政府の温度差に加えて、両国が抱える人権問題への対応の差も根底に横たわっているとの見方も浮上している。

マレーシア検察当局が突然、インドネシア人のシティ・アイシャ被告(27)の起訴取り下げと即時釈放を言い渡したのは3月11日で、アイシャさんはその日の夕方はインドネシアに帰国することができた。

一方のベトナム人ドアン・ティ・フォン被告(30)は、同日中の釈放はなく、ベトナム政府があわててシティ・アイシャ被告同様の措置を求めて動き始めた。

3月12日にはベトナムのパン・ビン・ミン外相兼副首相がマレーシアのサイフディン・アブドラ外相に直接電話をかけて「公正な裁判とフォン被告の釈放」を要請。ベトナムのレ・タン・ロン法務相もマレーシアのトミー・トーマス検事総長に書簡を送り、ファン被告の釈放を求めた。

フォン被告の起訴取り下げ要求を却下

こうしたベトナム政府からの急な釈放要求を受けて3月14日にフォン被告の公判が開かれたが、開廷直前にマレーシア検察が弁護側から出されていた「起訴取り下げ要求」を却下したことが伝えられた。

このため公判ではフォン被告の衝撃が大きく体調を崩したため30分で閉廷、号泣するフォン被告が裁判所から病院に直行する事態となった。

ベトナム国民の間では「なぜインドネシア人被告は釈放され、フォン被告は釈放されないのか」との疑問の声が高まり、ベトナム政府も困惑している。

しかし、2017年2月の事件発生直後から、インドネシア政府はクアラルンプールのインドネシア大使館を通じてマレーシアに対して「事件の主犯格、指導的役割を果たした北朝鮮国籍の男性4人が逮捕、起訴されていない状況での裁判で実行犯はスケープゴートにされかねない」との立場から寛大な措置をマレーシア政府、司法当局に繰り返し訴え続けてきた。

一方、ベトナム側も同様に政府、大使館が実行犯の無実と釈放を求めてきたが、地元マスコミなどによると「その温度差がかなり異なっていた」という。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日経平均は続伸で寄り付く、米株高を好感 一時400

ビジネス

南ア、第3四半期GDPは前期比0.5%増 市場予想

ワールド

米ロ、ウクライナ和平案で合意至らず プーチン氏と米

ワールド

トランプ氏、米に麻薬密輸なら「攻撃対象」 コロンビ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大気質指数200超え!テヘランのスモッグは「殺人レベル」、最悪の環境危機の原因とは?
  • 2
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が猛追
  • 3
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 4
    若者から中高年まで ── 韓国を襲う「自殺の連鎖」が止…
  • 5
    海底ケーブルを守れ──NATOが導入する新型水中ドロー…
  • 6
    コンセントが足りない!...パナソニックが「四隅配置…
  • 7
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 8
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯…
  • 9
    22歳女教師、13歳の生徒に「わいせつコンテンツ」送…
  • 10
    もう無茶苦茶...トランプ政権下で行われた「シャーロ…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中