最新記事

事件

明暗分かれた金正男暗殺実行犯2人 インドネシア・ベトナム両国の温度差と人権感覚が背景か

2019年3月16日(土)18時46分
大塚智彦(PanAsiaNews)

マハティール首相の政治的判断も

インドネシア人のアイシャさんの起訴取り下げと釈放、そしてフォン被告の起訴取り下げ却下、のいずれに関してもマレーシアの検察当局、裁判所はその理由を一切明らかにしていない。

これが「マハティール首相による政治的判断」との憶測を裏付ける要因の一つにもなっている。

マハティール首相は今回のアイシャさんへの措置に関して3月12日に「法的手続きに従ったまでである」として政治的判断ではないとの立場を鮮明にしている。こうした姿勢も「逆に政治的判断を間接的に裏付けること」ととらえられている。

なぜならインドネシア政府はマレーシア政府への働きかけを続けていたことを認めており、アイシャさんの釈放を報じるマレーシアの地元紙「ニュー・ストレート・タイムズ」(電子版)も「インドネシア政府による釈放要求にマレーシアが合意した」との見出しを掲げて伝えるなど、背景に両国政府の動きがあったことを示唆している。

米朝準備、表現の自由に厳しい姿勢

これに対しベトナムは2月27、28日に首都ハノイで開催された米朝首脳会談に政府を挙げて準備に全力を傾注するあまり、しばらくの間フォン被告に関する継続的な働きかけが後回しにされた可能性が高い。そのためアイシャさんの釈放決定の報を受け、慌てて閣僚らがマレーシア政府に釈放懇請の電話連絡や書簡送付を行った。

またマレーシア検察、裁判所がフォン被告の起訴を取り下げなかったもう一つの理由として、暗殺が実行されたクアラルンプール国際空港ターミナルに設置されたCCTV(監視カメラ)の映像に、金正男氏の背後から接近してその顔面に手をこすりつけるフォン被告の様子が映っていることから、直接的な実行犯としての証拠があることも考慮されたとみられている。

加えてベトナム政府による人権活動家や民主運動活動家などへの厳しい対応も判断の一因ではないかとの憶測も広まっている。

ベトナムでは2018年6月に起きたサイバー取締法などに反対する活動家やブロガーなど142人が逮捕、有罪判決を受けているほか、Face Bookに反政府的な書き込みをしたブロガー3人も逮捕されるなど「表現の自由」が厳しく制限されている。

こうした共産党一党支配で政治犯が多く存在するベトナム政府に対して、マハティール首相が「政治的配慮」を示すことを躊躇したとの見方もある。

このように①米朝首脳会議の準備もあり、ベトナム政府が最近は熱心な被告の支援活動を怠った②フォン被告の殺人容疑を立証する具体的証拠がある③人権侵害、表現の自由への厳しい姿勢----などが2被告の明暗を分けたといえるかもしれない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イラン、イスラエルへの報復ないと示唆 戦火の拡大回

ワールド

「イスラエルとの関連証明されず」とイラン外相、19

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、5週間ぶりに増加=ベー

ビジネス

日銀の利上げ、慎重に進めるべき=IMF日本担当
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ公式」とは?...順番に当てはめるだけで論理的な文章に

  • 3

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 4

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 5

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    ネット時代の子供の間で広がっている「ポップコーン…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中