最新記事

ブレグジット

イギリスが出て行ってもEUの課題はそのまま

It’s OK to Lose U.K.

2019年1月31日(木)18時00分
サイモン・ティルフォード(トニー・ブレア研究所チーフエコノミスト)

英議会でEU離脱協定案が否決されるなどメイ英首相は厳しい舵取りを強いられている FRANCOIS LENOIR-REUTERS

<「うざい加盟国」から欧州が解放される? EUの軍事力もユーロも、イギリスとは無関係>

ブレグジット(イギリスのEU離脱)をめぐる英政治のドタバタ劇にはうんざり――。大陸ヨーロッパ人のほとんどはそう思っており、なんとか早くカタを付けてほしいと願っている。その一方で、このドタバタ劇をやきもきしながら眺めている人も、少数派ながら存在する。

多くのビジネスリーダーとリベラル派は、ブレグジットによってEUが貧しくなり、経済的な開放性が失われ、アメリカから軍事的に「独り立ち」していくのに必要な戦略的思考も育ちにくくなると心配している。

これに対して、EUをアメリカに近い連邦制にするか、少なくとも「より緊密な連合」を目指す統合強化派にとって、ブレグジットはイギリスという「うざい加盟国」からヨーロッパが解放される日だ。これでEUは、崇高な目標に向けて邁進できるというわけだ。

このように、ヨーロッパのブレグジットに対する考え方は、EUの将来に対するビジョンの違いを反映するものだ。だが、そこには1つだけ共通点がある。いずれも「ブレグジット後のEU」を大げさに考え過ぎていることだ。

確かにブレグジットが実現すれば、EU経済が縮小し、世界市場での存在感も低下するのは間違いない。イギリスはEUでドイツに次ぐ第2位の経済大国であり、その経済規模は04年以降にEUに加盟した13カ国の合計を上回る。このためEUの主要財源である加盟国分担金でも、イギリスの負担額は大きい。

イギリスは人口動態も力強く、今後も比較的良好な経済成長が見込まれている。そのイギリスがいなくなれば、EUの平均年齢はやや上昇し、経済は15%縮小し、EUは財源不足により歳出削減か加盟国の分担金引き上げが必要になるだろう。

しかし「イギリスがいなくなれば、EUで(経済的に)最も自由主義的な国が失われ、保護主義的な加盟国の発言力が増す」というリベラル派の不安は、さほど当てはまらない。

EUには、イギリス以外にも自由主義経済を重視する国があるし、域内における「ヒトとモノの移動の自由」はEUの重要な基本原則として総じて尊重されている。また単一市場の緩やかな深化は、イギリスがいようがいまいが進むだろう。

第一、イギリスは言われるほど自由主義的でも国際主義的でもない。そのことは、EUから離脱するという国民投票の結果自体が物語っている。離脱派は、ブレグジットはイギリスの自由を取り戻すためだと主張するが、イギリス人がブレグジットを選んだ大きな理由の1つは、EUの移動の自由に対する拒絶意識だとみられている。

EUの統合も進まない

ヨーロッパのブレグジット懸念派は、イギリスがいなくなることによってEUの軍事力が低下し、戦略的思考も乏しくなると言うが、この懸念も大げさだ。確かにイギリスは、フランスと並ぶEUの2大軍事大国であり、ブレグジットによってEUの潜在的軍事力は低下するだろう。

だがイギリスは、いかに象徴的であっても、独立した「EU軍」の設置には一貫して反対してきた。そんなことをすれば、アメリカとヨーロッパの軍事同盟であるNATOの存在意義が低下するというのだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

インドGDP、7─9月期は前年同期比8.2%増 予

ワールド

今年の台湾GDP、15年ぶりの高成長に AI需要急

ビジネス

伊第3四半期GDP改定値、0.1%増に上方修正 輸

ビジネス

独失業者数、11月は前月比1000人増 予想下回る
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 3
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    「攻めの一着すぎ?」 国歌パフォーマンスの「強めコ…
  • 8
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 9
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 5
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 6
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 9
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 10
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中