最新記事

国籍

在日韓国人になる

2018年12月27日(木)12時00分
林 晟一(評論家、高校教員)※アステイオン89より転載

roberuto-iStock.


<「在日特権」など、外国籍者が日本で特別な配慮のもとに恩恵を受けているかのような言説や逆に帰化者に対する差別的な情報がインターネット上には溢れている。しかし、あえて日本国籍を取得しなくとも、ほぼ同じ権利を受けることができるのが現在の日本社会であると評論家の林晟一は述べる。2002年の小泉訪朝を機に朝鮮籍から韓国籍に変更した筆者が、日本社会、在日社会から見た国籍や外国人について論じる。論壇誌「アステイオン」89号は「国籍選択の逆説」特集。同特集の論考「在日韓国人になる」から、一部を抜粋・転載する>

韓国籍と日本国籍

「九・一七」(編集部注:二〇〇二年九月一七日の小泉訪朝)以後の日本社会からの拒絶が引き金となり、筆者は韓国籍に変更した。一方、表1で確認したとおり、今日まで在日韓国・朝鮮人のコミュニティでは日本国籍の取得がだいぶ一般的となった。

asteion89_181226hayashi-chart1.png

「アステイオン89」33ページより

早くから在日のアイデンティティと帰属先のずれを問題視し、それを正すべく在日の日本国籍取得をうながしたのは鄭大均であった。彼は二〇〇一年に『在日韓国人の終焉』(文春新書)、〇六年には自伝『在日の耐えられない軽さ』(中公新書)といった挑発的なタイトルの書を刊行し、話題となった(自らは二〇〇四年に日本国籍を取得)。一世・二世の論客はおしなべて彼の議論に批判的で、たとえば尹健次は、彼が「『在日』の最たる『右翼』として重宝がられている」との苦々しい口ぶりを隠さない(『在日の精神史』3、岩波書店、二〇一五年、一七二頁)。なるほど、鄭大均は歴史修正主義的な著作を発表してきているが、それは別として、二一世紀の在日は彼のうながした道を行きつつあると評価するほかないだろう。

日本国籍取得は悪いことではない。前の世代の奴隷ではないのだから、人それぞれの選択をすればいい。だが筆者が気になるのは、日本国籍を取得してから後悔することはないのかという点である。たとえば近年の排外主義について、元在日にはいかなる思いがあるのか(あるいは、いかなる思いもないのか)。そもそも出自にこだわりたくないだろうから、声を発する動機に欠けるのは仕方ないかもしれない。

在日論をものす者も、いわば普通の日本国籍取得者、あるいは潜在的なコリア系日本人の思いを積極的にすくい取ろうとはしてこなかった。鄭大均は、蓮舫民進党代表(当時)の二重国籍問題に際し「帰化者はもっと自分を語ってよい(1)」と述べたことがあるが、これまで在日の日本国籍取得をうながしてきた彼こそは、近年の排外主義をどう考えるのだろうか。

筆者自身は、かつて同化を拒んだ側と同じナショナリティを引き受ける自信がない。近年の排外主義の高まりを目撃するにつけ、なおさら日本国籍取得への思いはしぼみつつある。マイノリティとして生きてきたことから、この国のマジョリティの目に入りにくい、多様なマイノリティの苦境を視野に入れたいとの思いがある。

しかし醒めた目で見れば、そのような正義めいた心情を抱く余裕があるのは、結局在日と日本人にほとんど権利上の差異がないからだろう。民主主義国は一定のリベラリズムを共有しており、永住外国人には国民とほぼ同等の諸権利が認められるのが一般的である。在日はその例に漏れないし、このことは二世の一部も早くから実感していた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 9
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 10
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中