最新記事

歴史

BTSはなぜ「原爆Tシャツ」を着たのか?原爆投下降伏論のウソ

2018年11月15日(木)13時00分
古谷経衡(文筆家)

記事内から抜粋すると、現代の私たちからすれば信じられないほど楽観的な原爆への対処法が平然と喧伝されている。


1)新型爆弾に対して待避壕は極めて有効であるからできるだけ頑丈に整備し利用すること。

2)軍服程度の衣服を着用していれば火傷の心配は無い。防空頭巾及び手袋を着用していれば手や足を完全に火傷から保護することが出来る。

3)前記の待避壕をとっさの場合に使用し得ない場合は地面に伏せるか、堅牢建物の陰を利用すること。

4)絶対に屋内の防空壕を避けて屋外の防空壕を使用すること。
(1945年8月)8日に発表した心得のほか、以上のことを実施すれば新型爆弾もさほど恐れることはない。なお新型爆弾に対する対策はつぎつぎ発表する。

出典:同上、強調筆者

なにを悠長なことを言っているのだろうか、と現代の私たちは思うだろう。しかし、原爆の直撃にあった広島・長崎以外の日本人のおおよそ原爆に対する皮膚感覚とはこのようなものであった。

原爆がいかに悲惨で、その放射能がいかに被爆者を苦しめたかの実相を知るのは、戦後、日本がGHQの検閲から脱して、独立を回復した以降のことであり、被爆の実相への理解は永い時間を要したのである。

【8】どちらに転んでも原爆投下は必要が無かった

無論、「原爆によって日本が降伏した」という歴史観が100%間違っているとは筆者も言わない。事実、「終戦の詔書」では「敵は新に残虐なる爆弾を使用して頻に無辜を殺傷し・・・」とある。この「残虐なる爆弾」が原子爆弾を指すことは言うまでも無い。

よって二発の原爆が日本のポツダム宣言受諾の判断に対し影響がまったくなかった、と断定するわけではない。が既に縷々のべたように、当時の戦争指導者や日本の知識人ですら、原爆投下よりソ連対日参戦を深刻であると受け止めていた。

「原爆によって日本が降伏した」という歴史観は、冒頭に戻るように、何としてでも原爆投下を正当化したいアメリカが創ったプロパガンダである。

そして、歴史に「if」は無いが、仮に想像すれば、「原爆投下は行われているが、ソ連対日参戦が無かった場合」、日本はそのままずるずると降伏の決断を先延ばしし、本土決戦に突入していただろう。その場合、戦後日本の復興は無い。

また、「原爆投下は無いが、ソ連対日参戦が史実通り行われていた場合」、日本はやはりポツダム宣言を受諾して無条件降伏していた。つまりどちらの想像「if」に転んでも、「原爆投下は必要が無かった」という結論に到達するのである。これを回避したいが為に、「原爆によって日本が降伏した」という歴史観が「後から」創作されたのだ。

今回のBTSの原爆Tシャツ問題は、「原爆によって日本が降伏した=植民地解放」という歴史認識を背景にしたもので、必ずしも史実に基づいた正しい歴史認識とは言えない。朝鮮の解放は、皮肉なことにその後、朝鮮半島を分断する"主犯"のひとつ、ソビエトの対日参戦によってもたらされたのだ。

単に口角泡を飛ばしてBTSを批判するだけではなく、もう一度、これらの事実を総合して、「原爆投下と日本降伏」の関係性を考えて頂ける端緒になれば、本稿の使命は全うされると筆者は思う。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

furuya-profile.jpg[執筆者]
古谷経衡(ふるやつねひら)文筆家。1982年北海道生まれ。立命館大文学部卒。日本ペンクラブ正会員、NPO法人江東映像文化振興事業団理事長。著書に「日本を蝕む『極論』の正体」 (新潮新書)の他、「草食系のための対米自立論」(小学館)、「ヒトラーはなぜ猫が嫌いだったのか」(コアマガジン)、「左翼も右翼もウソばかり」(新潮社)、「ネット右翼の終わり」(晶文社)、「戦後イデオロギーは日本人を幸せにしたか」(イーストプレス)など多数。最新刊に初の長編小説「愛国奴」、「女政治家の通信簿 (小学館新書)

ニューズウィーク日本版 Newsweek Exclusive 昭和100年
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年8月12日/19日号(8月5日発売)は「Newsweek Exclusive 昭和100年」特集。現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

消費者動向が今後のインフレと雇用の鍵=米リッチモン

ワールド

ゼレンスキー氏、トルコ大統領と協議 米ロ会談前に各

ワールド

FRBの独立性は「最重要」、関税は顕著なインフレ引

ワールド

ガザ人道危機「想像を絶する」、日本含む24カ国外相
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
特集:Newsweek Exclusive 昭和100年
2025年8月12日/2025年8月19日号(8/ 5発売)

現代日本に息づく戦争と復興と繁栄の時代を、ニューズウィークはこう伝えた

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【徹底解説】エプスタイン事件とは何なのか?...トランプが「顧客リスト」を公開できない理由、元米大統領も関与か
  • 2
    産油国イラクで、農家が太陽光発電パネルを続々導入する切実な理由
  • 3
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客を30分間も足止めした「予想外の犯人」にネット騒然
  • 4
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 5
    イラッとすることを言われたとき、「本当に頭のいい…
  • 6
    【クイズ】アメリカで最も「盗まれた車種」が判明...…
  • 7
    「古い火力発電所をデータセンターに転換」構想がWin…
  • 8
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 9
    「靴を脱いでください」と言われ続けて100億足...ア…
  • 10
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医…
  • 1
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を呼びかけ ライオンのエサに
  • 2
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの母子に遭遇したハイカーが見せた「完璧な対応」映像にネット騒然
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 5
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医…
  • 6
    【クイズ】次のうち、「軍用機の保有数」で世界トッ…
  • 7
    職場のメンタル不調の9割を占める「適応障害」とは何…
  • 8
    イラッとすることを言われたとき、「本当に頭のいい…
  • 9
    これぞ「天才の発想」...スーツケース片手に長い階段…
  • 10
    「触ったらどうなるか...」列車をストップさせ、乗客…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 7
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中