最新記事

ブレグジット

合意なきEU離脱はイギリスの経済的な自殺行為

Hard Brexit Will Destroy the U.K. Economy

2018年10月16日(火)16時30分
サイモン・ティルフォード (トニー・ブレア研究所チーフエコノミスト)

離脱の夢は破れる定め

EU離脱の支持派は、イギリス政界の右派にも左派にもいる。ただし支持する理由は、まるで異なる。

右派に言わせると、企業活動を縛るEUの各種規制から解放されればイギリス経済は活力を取り戻す。だがOECD(経済協力開発機構)によると、イギリスは今でも物品やサービス、労働に関する規制が最も少ない国の1つだ。それに、休暇の取得に関するEUの規定は廃止できても、今さら労働者から休暇の権利を奪うことはできない。休日を減らせば生産性が上がるという証拠もない。

一方、左派に言わせるとEUは新自由主義者の集まりで、労働者を犠牲にして資本家に奉仕する組織であり、社会民主主義的な富の再分配に反対している。しかし富の再分配というなら、EUの中核を成すドイツのほうがイギリスよりも進んでいる。公共部門の雇用も、イギリスよりフランスやスウェーデンのほうがずっと多い。

EUを離脱すれば国内の造船業界などに補助金を出し、イギリスの製造業を復活させられるという主張もある。しかし部品の輸入が高くつく状況で英国内に製造業の雇用が戻るとは思えない。サプライチェーンが寸断されれば、英国内の製造業はさらに縮小するだろう。

合意なき離脱はEUにとっても痛手だろうか。短期的な混乱を別とすれば、影響は軽微だろう。個々の加盟国の対英貿易額は全体の約8%前後だ(イギリスは対EU貿易が44%)。今までイギリスから輸入していた品物を、別のEU加盟国から調達することは難しくない。

例外はアイルランドだ。同国の経済はイギリスと密接に結び付いている。EU加盟国からの輸入品も、多くはイギリス経由で入ってくる。また合意なき離脱となれば、英領北アイルランドとの国境の管理が厳しくなる。北アイルランド紛争が再燃する恐れもある。

EUが最も打撃を受けそうなのは金融分野だ。合意なき離脱が現実になればヨーロッパの資本市場は寸断され、域内企業にとってはロンドン市場へのアクセスが困難になる。とりわけ先物やデリバティブの取引にロンドンは欠かせない。

また合意なき離脱の場合、EUとイギリスの関係が悪化するのは避けられない。イギリスは欧州防衛に関与する意欲を失うかもしれない。最も親米的な国イギリスが去ったヨーロッパの防衛に、アメリカが今までどおり本気で関与する保証もない。

合意なき離脱はEU内のパワーバランスも崩すだろう。ドイツの支配的な地位が一段と強まるのは必至であり、結果として域内でドイツに対する反発が強まる。せめて合意の上の離脱であれば、今後もイギリスが安全保障などの面で一定の影響力を行使できるが、合意なしではそれもあり得ない。

この崖っぷちから、引き返す時間はまだある。しかし引き返さなければ厳しい現実が待っている。合意なきEU離脱に勝者はいない。いるとしてもロシアくらいだ。

<本誌2018年10月16日号掲載>

[2018年10月16日号掲載]

ニューズウィーク日本版 高市早苗研究
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月4日/11日号(10月28日発売)は「高市早苗研究」特集。課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら



今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米、高金利で住宅不況も FRBは利下げ加速を=財務

ワールド

OPECプラス有志国、1─3月に増産停止へ 供給過

ワールド

核爆発伴う実験、現時点で計画せず=米エネルギー長官

ワールド

アングル:現実路線に転じる英右派「リフォームUK」
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「今年注目の旅行先」、1位は米ビッグスカイ
  • 3
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った「意外な姿」に大きな注目、なぜこんな格好を?
  • 4
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 5
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつか…
  • 6
    筋肉はなぜ「伸ばしながら鍛える」のか?...「関節ト…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 10
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中