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インドネシア・スラウェシ地震・津波の死者844人に 早すぎた津波警報解除が犠牲者増やした?

2018年10月1日(月)19時00分
大塚智彦(PanAsiaNews)

刑務所から服役囚脱走、商店からは略奪

9月28日の地震で壁が崩れ、建物そのものの崩壊の恐れが出てきたパルの刑務所から服役囚560人の約半数が「脱走」したことも明らかになった。刑務所関係者は「建物に留まることより外に出る方が安全と思われたことや数人しかいなかった刑務官も自分の身を守ることに必死だったから」と地元メディアの取材に答えている。通信が途絶し停電も続いていることから刑務所長は「今のところ逃げた服役囚どころではない」と捜索には当面着手できない状況を強調している。

一方、民放テレビ「メトロテレビ」は9月30日午前、現地からの生中継でパル市内中心部のショッピングセンター「ラマヤーナ」での生存者の捜索活動、犠牲者の捜索の様子を伝えた。

地震で崩壊して複数の階が潰れた「ラマヤーナ」内部にBASARNASの救助隊員が入り生存者を捜索しようとする一方で、ビル横の損傷の少ない入り口からは周辺の群衆が勝手に内部に入り売り物の衣料品などを「略奪」する様子も映し出されていた。

さらに「ラマヤーナ」の駐車場にあった乗用車で崩れた外壁などでつぶれた乗用車からガソリンを抜く人々の様子も撮影されていた。レポートをするテレビ記者が声をかけるがおかまいなく次々とガソリンを抜き、別の男性たちと分け合っていた。ガソリンスタンドなどが被災してガソリンが不足していることからこうした「非常手段」にでたものと見られている。

現場には救助隊以外に警察官などがいないため、「略奪」や「ガソリン抜き」を止める人はおらず、「ラマヤーナ」の階上からは「略奪」された衣類などが地上に向けてばら撒かれ、路上でそれを拾い、生中継のテレビカメラの前を笑顔で持ち去る様子が生放送で全国に流れた。

命がけで旅客機を離陸させた管制官

こうした混乱のなか、地震に関する「美談」も報道されている。パル空港を9月28日午後5時55分出発予定のバティック航空国内線6231便は機長の要請により予定より3分早く旅客機のドアを閉めて滑走路に向かった。管制塔から「離陸OK」の連絡があったのが午後6時2分、まさにパルを地震が襲った時刻だった。

バティック航空6231便のリコステ・マフェラ機長は自らのインスタグラムへの書きこみで「滑走路を走りながら滑走路の異常を感じていたが、なんとか離陸できた。30秒遅かったら離陸できなかっただろう」と述べ、「6231便、滑走路33、離陸OK」と伝えてきた同空港の管制官、アントニウス・グナワン・アグン氏(21)の責任ある管制を称えた。

アグン氏は同機が無事に滑走路から離陸したのを見届けてから避難しようとしたが、その時には管制塔の上部が崩れ、飛び降りて手足を骨折し、結局助からなかったという。

リコステ機長はインスタグラムでアグン管制官の仕事ぶりを称えるとともに、離陸後高度1500フィートからみたパル周辺の海岸線の動画をアップした。そこには津波とみられる見慣れない波が写っている。

圧倒的に不足する救援物資

地震、津波の発生から3日目を迎え、陸路や空路で救援部隊が続々とパルに到着し、空軍機による負傷者や高齢者、子供連れなどの州外への避難も始まっている。

しかし、倒壊した建物や遠隔地の海岸部にはまだ多くの行方不明者が残されたままといわれ、大型機械や機材不足から救出活動は難航している。

さらに相変わらず続く余震を恐れて屋外に避難している被災者が身を寄せるテント、避難所、毛布なども不十分だという。そして何より緊急を要するのが飲料と食料で、30日にはウィラント政治法務治安担当調整相と並んで会見したチャヒヨ・クモロ内務相が「とにかく飲み物、食べ物が被災地では不足しているので関係機関は緊急に対応するようにしてほしい」と訴えた。

被災地では行方不明者、特に生存可能性のある不明者の捜索を重点的に実施しているが、災害時の生存率が急激に低下するとされるタイムリミットの「72時間の壁」が10月1日夕方に迫っている。


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大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

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