最新記事

「戦後」の克服

オーストラリアは忘れまい、しかし許そう

FORGIVING WITHOUT FORGETTING

2018年8月16日(木)16時40分
デボラ・ホジソン(シドニー)

平均的なオーストラリア人は今の日本にそれほど恨みを抱いていない(写真は17年4月、シドニーの記念パレードに参加した元兵士) David Gray-REUTERS

<大戦中に捕虜が受けた虐待の記憶は消えない それでも今の世代が新たな日豪関係の構築に進む理由>

<本誌2015年8月11&18日号「特集:『戦後』の克服」より転載>

ジャック・ハープリーは25歳で無惨な死を遂げた。悲劇だが、あの時代には決して珍しいことではなかった。

オーストラリアの牧羊地帯で育った快活な青年ジャックは第二次大戦中、日本軍がボルネオ島に設置した悪名高いサンダカン捕虜収容所に送られた。肉体的・精神的な虐待が繰り返された後、捕虜たちは数回に分けて約260キロ離れたラナウまでジャングルの中を歩かされた。1945年1〜6月のことだ。

捕虜たちは栄養不良や病気で弱っていた。しかも26日間の移動中に与えられた食料はわずか数日分。空腹や病気で倒れるとその場で殺されるか、置き去りにされた。オーストラリア人とイギリス人の捕虜は出発時に2700人ほどいたが、「死の行進」から生還できたのはオーストラリア人6人だけ。そこにジャックの姿はなかった。

だが「日本人を恨んではいない」。ジャックの弟ロン(85)は介護施設からの電話でそう語り、「日本兵は無理やり戦争に駆り出されていた。彼らを動かしたリーダーたちも死んでしまった。ただ、3年も苦しんでいた兄を救えなかったことが無念でならない」と言って声を詰まらせた。

こうした話に、オーストラリア人は今でも感情を強く揺さぶられる。あの戦争への関与が比較的少なかったこの国では、映画であれ小説であれ、ドキュメンタリーや回想録であれ、戦時下の捕虜体験や日本人の「残酷さ」に焦点が当てられやすい。

戦後70年、あの戦争を記憶にとどめようという機運はかつてなく高まっている。一種の「通過儀礼」として、タイとミャンマー(ビルマ)を結んだ泰緬(たいめん)鉄道やパプアニューギニアの激戦地を訪ねる若者も少なくない。

日本軍が42年にオーストラリア上陸を計画していたという伝説を、今も多くの国民が信じている。確かに当時の日本軍は毎週のように北部を空襲していたし、潜水艦でシドニー港を攻撃したこともある。上陸作戦など存在しなかったが、08年には国土防衛の記念日(9月の第1水曜日)が制定された。

オーストラリア人が日本との戦争を忘れないのには理由がある。連合国の一員として欧州で戦った第一次大戦と違い、第二次大戦は(特に42年のダーウィン空襲以降は)自分たちの国と国境を守る戦いだったからだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、方向感欠く取引 来週の日銀

ビジネス

米国株式市場=3指数下落、AIバブル懸念でハイテク

ビジネス

FRB「雇用と物価の板挟み」、今週の利下げ支持=S

ワールド

EU、ロシア中銀資産の無期限凍結で合意 ウクライナ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    受け入れ難い和平案、迫られる軍備拡張──ウクライナの選択肢は「一つ」
  • 4
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 5
    【揺らぐ中国、攻めの高市】柯隆氏「台湾騒動は高市…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 8
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ…
  • 9
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 7
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 8
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 9
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中