最新記事

北朝鮮

「落書きしまくり」で公開処刑も......北朝鮮が動揺する反抗メッセージ

2018年7月10日(火)11時00分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

北朝鮮では建物の壁などに「落書き」が見つかると政治的事件として扱われる KCNA-REUTERS

<北朝鮮の人々は密告されるのを恐れて大っぴらに権力批判は行わないが、落書きを目撃することで体制への反抗心を抱いているのが自分だけではないことを認識する>

北朝鮮では、建物の壁などに「落書き」が見つかると、政治的事件として扱われる。今年3月には朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の大佐が、重要施設の壁に「落書きをしまくった」ということで公開処刑される出来事があった。

参考記事:北朝鮮軍の大佐「落書きしまくり」で公開処刑か

そして最近では、軍の施設で落書きが見つかった。咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋が米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)に語ったところによると、朝鮮人民軍第1軍団のある部隊の食堂にこんな落書きがされているのが発見された。

「テキトー食堂で、テキトーに食う」

軍の食糧事情に不満を述べたものであり、つまりは権力に対する反抗である。軍の捜査機関は、落書きの犯人を捜すと同時に、末端の兵士たちの食生活に何ら関心を持とうとしない補給部署に対する調査も進めている。落書きをした兵士も、配給を横流しした幹部も厳罰に処されるだろうと情報筋は見ている。

北朝鮮の食糧事情は、かつてと比べ大幅に改善している。もはや一般国民が食うや食わずの生活をするレベルは脱したが、朝鮮人民軍(北朝鮮軍)だけは別だ。

軍の食糧は、協同農場で収穫されたものが配給されることになっているが、薄給に不満を持っている補給担当者や幹部が、途中で横流しをしているのだ。農場が大量の食べ物を送っても、兵士のもとに届くまでに、大部分が消えてしまう。そんな現状に強い不満を持った兵士が、食堂に落書きをしたものと思われる。

ただでさえ、北朝鮮軍の規律は地に落ちている。そのうえ、権力への抗議の意を込めた落書きが横行すれば、軍の崩壊すらあり得ると当局は見ているのかもしれない。

参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「マダラス」と呼ばれる性上納行為

こうした落書きは、軍内でのみ見つかっているわけではない。2016年12月には、咸鏡北道(ハムギョンブクト)の清津(チョンジン)市にある水南(スナム)市場では、体制非難の落書きが見つかった。今月11日の午前5時ごろ、パトロールを行っていた清津市保安署(警察署)の夜間巡察隊が、コンクリートの壁に「人民のかたき、金正恩を処断せよ」と書かれているのを発見したのだ。

保安署は、落書き事件が市民に知れ渡らないように、一帯を通行止めにするなどの措置を取ったが、市内全域に口コミであっという間に広まってしまった。どうやら保安員(警察官)が発見する前に、付近を通りかかった複数の商人がこの落書きを目撃し、周囲の人々に触れ回ったようだ。

北朝鮮では一般的に、このような落書きやビラを目撃しても、ほとんどの人が通報しない。「金正恩氏に対する批判は重大犯罪なので、下手に通報などすれば自分が疑われ、最悪の場合は首が飛びかねない」と思うからだ。「触らぬ最高指導者に祟りなし」というわけで、スルーするのである。

その結果、当局により落書きが発見されるまでの間に、多くの人がそれを目撃することになる。

たかが落書きであっても、こうした事件が続発することによる社会への影響は小さくない。北朝鮮の人々は密告されるのを恐れ、権力に対する批判を大っぴらには行わない。しかし落書きを目撃することで、体制への反抗心を抱いているのが自分だけではないということを、人々はハッキリと確認することになるのである。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

サハリン2のLNG調達は代替可能、JERAなどの幹

ビジネス

中国製造業PMI、10月は50.6に低下 予想も下

ビジネス

日産と英モノリス、新車開発加速へ提携延長 AI活用

ワールド

ハマス、新たに人質3人の遺体引き渡す 不安定なガザ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「今年注目の旅行先」、1位は米ビッグスカイ
  • 3
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った「意外な姿」に大きな注目、なぜこんな格好を?
  • 4
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつか…
  • 5
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 6
    筋肉はなぜ「伸ばしながら鍛える」のか?...「関節ト…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 10
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中