最新記事

日朝関係

「日本は首を突っ込むな」......金正恩が強める対日非難の本音

2018年7月5日(木)12時00分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

日本に「過去清算」を迫る金正恩の真意はどこにある KCNA-REUTERS

<北朝鮮メディアは「日本は首を突っ込むな」と非難を強めているが、金正恩には日本と交渉を進めたい動機がある>

北朝鮮の朝鮮労働党機関紙・労働新聞は4日、日本の政治家に「せん越な言動」が見られるとして非難する論評を掲載した。論評は、安倍晋三首相が「北朝鮮が非核化に向けて具体的に行動するまで、制裁を解除しない」と主張していることなどに言及。

続いて「日本は、朝鮮半島問題にむやみに干渉してはならず、自分のやるべきことをはっきり知って行動すべき」としながら、「日本が急務として提起される過去清算問題を棚に上げようとする限り、いつになっても地域で独りぼっちの境遇を免れない」と強調した。

これは要するに、「日朝対話を行うなら焦点は過去の植民地支配に対する賠償であり、それに乗る気がないなら、安倍首相は朝鮮半島問題に首を突っ込むな」という金正恩党委員長からのメッセージである。北朝鮮のメディア戦略を自ら統括していると見られる金正恩氏は、こうした対日情報戦にますます力を入れている。

その一方、日本人拉致問題を巡り、水面下で怪情報も飛び交っている。横田めぐみさんらについて、これまで北朝鮮が公式に発表してきたのとは異なるディテールを添えつつ、改めて「死亡」を強調する内容だ。情報の出所は正確にはわからないが、公安関係者の間には、「北朝鮮が対日交渉に備えて意図的に流すディスインフォメーション(欺瞞情報)ではないか」との見方がある。こうした情報を事前に流すことで、拉致問題の結末を日本側に「覚悟」させ、自らの意図する方向に交渉を導こうとしているのではないか、との分析である。

もちろん、これに乗るほど日本政府も愚かではないだろうが、北朝鮮との対話を何をもって始めるか、糸口を探っているのも事実だろう。日本側としては、拉致問題を前面に立てずに対北交渉を開始するわけには行かない。それを知って、北朝鮮は欺瞞情報を投げてよこしているのではないか。

だが、日本側が焦らずとも、北朝鮮側が先に動いてくる可能性はじゅうぶんにあると筆者は見ている。時期としては、夏から11月頃にかけての間だ。

国連総会と国連人権理事会では10年以上にわたり、北朝鮮の凄惨な人権侵害に対する非難決議が採択されているが、その決議案の共同提出者は欧州連合(EU)と日本だ。国連総会での採択は毎年12月だが、今年はその時期が巡ってくる前に、北朝鮮は日本に対し「日朝首脳会談を開きたければ止めておけ」と圧力をかけてくる可能性が高い。

参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

金正恩氏は、諸外国から人権問題で追及されるのを何よりも嫌っている。核兵器は、どのような形で非核化するにせよ、その気になれば新たに作る余地は残る。しかし、人権問題はそうはいかない。国民の人権に配慮して恐怖政治を止めてしまったら、金正恩氏は権力を維持できないからだ。

参考記事:北朝鮮、脱北者拘禁施設の過酷な実態...「女性収監者は裸で調査」「性暴行」「強制堕胎」も」

口では「首を突っ込むな」と言っていても、金正恩氏には、日本と交渉すべき動機がじゅうぶんにある。いっそ日本政府は金正恩氏を交渉の場に引き出すために、人権問題に対する非難をいっそう強めてみてはどうだろうか。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

午後3時のドルは156円前半でほぼ横ばい、日銀早期

ビジネス

中国万科の社債急落、政府支援巡り懸念再燃 上場債売

ワールド

台湾が国防費400億ドル増額へ、33年までに 防衛

ビジネス

インフレ基調指標、10月の刈り込み平均値は前年比2
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 9
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 10
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中