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日米首脳会談

北朝鮮情勢は動く、日本抜きで

2018年4月27日(金)15時00分
辰巳由紀(米スティムソン・センター日本研究部長、キャノングローバル戦略研究所主任研究員)

それどころか、首相訪米前には、TPP(環太平洋経済連携協定)に対する態度の軟化を示唆する報道が出ていたトランプだったが、会談1日目の夕食会直後に「私はあのディールは嫌いだ」とツイート。

さらに議論が行き詰まっているマイク・ペンス副大統領と麻生太郎副総理の包括的経済対話に加えて、「自由、公正かつ相互的な」貿易を目指し、アメリカ側はロバート・ライトハイザー米通商代表、日本側は茂木敏充経済再生担当相をトップに据えた新たな協議を始めることになった。共同記者会見で「実質的に日米FTAに向けた交渉か」と問われ安倍は否定したが、交渉で何を目指すかは不透明なままだ。

その一方で、安倍は当初目指していた鉄鋼・アルミに対する関税措置の適用除外にこぎ着けることができなかった。11月に中間選挙を控えたトランプが国内向けにアピールする必要があったとはいえ、主要同盟国のほとんどが除外されている関税措置が日本に対しては維持され、首脳会談でもその決定を覆すことができなかったのは大きな痛手だろう。

それだけではない。安倍がおそらく絶対の自信を持ってきたトランプとの個人的関係にも暗雲が立ち込めている。17日の通訳のみを介した首脳会談の前と18日の首脳会談終了後の記者会見の両方で、両首脳の間にはこれまでになかった温度差がみられた。安倍がその発言の中でトランプへの感謝のみ述べていたのに対し、トランプは韓国との密接な協力について語っただけでなく、中国の習近平(シー・チンピン)国家主席への感謝を述べたのである。

「レバレッジ」なき日本

今回は日本側にとって、これからトランプ政権と向き合っていく際に、「シンゾー・ドナルド」の関係でも越えられない壁があるという現実を突き付けられた訪米となったのではないか。

北朝鮮は20日、北部の核実験場の廃棄と核実験や大陸間弾道ミサイル発射実験の中止を決めた。米朝会談で何らかの包括合意に達した場合、この合意が北朝鮮の非核化と米朝国交正常化のバーターだけになるのか、あるいは拉致問題解決や在韓米軍の撤退・縮小が加わるのかは日本にとって重要なポイントだ。また、北朝鮮非核化の過程で財政支援が必要になるのはほぼ確実で、日本の協力もカギになる。

反対に米朝首脳会談が決裂した場合は、日本を取り巻く安全保障環境は一気に悪化する。米朝が首脳会談という外交プロセスの切り札を切り、それが失敗に終われば朝鮮半島における軍事衝突のリスクが格段に高まる。

今回の訪米ではっきりしたのは、南北首脳会談と米朝首脳会談を控える朝鮮半島情勢は「米中韓朝」のダイナミズムの中で動き始めており、朝鮮戦争の当事国でなく、北朝鮮との2国間関係でほぼレバレッジを持たない日本が実質的に置き去りになっているという事実である。

このハンディキャップを米朝首脳会談までにどの程度乗り越えることができるのか、文字どおり安倍外交の正念場となる。

本誌2018年5月1&8日号掲載

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