最新記事

北朝鮮

「アメリカとは対話しない、韓国の仲介も無駄」金正恩のホンネ

2018年3月6日(火)15時20分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

「核は絶対に放棄しない」というのが金正恩の本心 KCNA-REUTERS

<対外的には米朝対話に積極的な姿勢を見せた金正恩だが、周辺の幹部に対しては「アメリカと対話するつもりはない」という本心を明かしていた>

北朝鮮の金正恩党委員長は5日、韓国の文在寅大統領が派遣した特使団と、4時間以上にわたり面談。南北首脳会談開催に関して合意に達した。それに先駆けて金正恩氏は、妹の金与正(キム・ヨジョン)党第1副部長や、金英哲(キム・ヨンチョル)党副委員長兼統一戦線部長を特使として韓国に派遣した。

金与正氏は、実現しなかったものの韓国でペンス米副大統領と接触する予定だったと伝えられており、金英哲氏も韓国高官との会談で、「米国との対話の扉は開かれている」と表明していた。

しかし、こうした対話に積極的と見える姿勢とは裏腹に、金正恩氏は国内に向け、「米帝(アメリカ)と対話するつもりはない」との本音を明かしていたとの情報がある。

恐怖政治がネック

北朝鮮国内にいるデイリーNKの高位情報筋によれば、金正恩氏は先月22日、金英哲氏の韓国派遣と関連し、幹部らに対して自らサインした指示文を伝達。その中で、次のように明かしていたという。

「米帝と対話するつもりはなく、南朝鮮(韓国)が仲介者の役割をするのでもない」

「核は絶対に放棄しない」

「われわれ(北朝鮮)の核とミサイルを認めない勢力とは絶対に妥協せず、許しもしない」

「世界はわが朝鮮を中心に回っているので、心配する必要はない」

これについて情報筋は、「(北朝鮮が)外向けに対話する姿勢を示したところで、米国が圧迫を強めれば、韓国がいくら手を差し伸べようとしても上手くいかないということを、金正恩はよくわかっているようだ」と指摘。「核を凍結するふりだけして、もらえるものはもらおうとの意図であるとも読み取れる」と、金正恩氏の本音について分析した。

北朝鮮は実際、非核化に向かうことを対話の前提条件としているアメリカに対し、ハッキリと拒否の姿勢を示している。

北朝鮮と米トランプ政権の双方が点で妥協しないならば、金正恩氏が望もうが望むまいが、米朝の本格的な対話は実現しない。

そもそも北朝鮮は、アメリカの過去の政権から大胆な提案を何度も受けていた。

たとえば2009年7月、オバマ前政権のクリントン国務長官(当時)は北朝鮮に対し次のような提案を行った。

「完全かつ後戻りできない非核化に同意すれば、米国と関係国は北朝鮮に対してインセンティブ・パッケージを与えるつもりだ。これには(米朝)国交正常化が含まれるだろう」

インセンティブ・パッケージとは、米国が国交正常化、体制保障、経済・エネルギー支援などを、北朝鮮は核開発プログラム、核関連施設はもちろん、ミサイルなどすべての交渉材料をテーブルに載せ、大規模な合意を目指すことを念頭に置いていたものとみられる。

素直に受け止めるなら、北朝鮮にとって悪い提案ではないように思える。

ところが、北朝鮮はこれに乗らなかった。その理由は、人権問題にある。米国にはブッシュ政権時代に出来た、北朝鮮人権法という法律がある。日本人拉致問題も含め、北朝鮮の人権状況が改善されない限り、米国から北朝鮮への人道支援以外の援助を禁止すると定めたものだ。

恐怖政治で国民を支配する北朝鮮の体制にとって、人権問題は体制の根幹に触れるものであり、交渉のテーブルに乗せることなどできるはずがない。

<参考記事:謎に包まれた北朝鮮「公開処刑」の実態...元執行人が証言「死刑囚は鬼の形相で息絶えた」

人権を重視しているようには思えないトランプ大統領ならば、あるいは、人権問題の面でも金正恩党委員長の立場に配慮した提案を行う可能性もあると思われた。ところが最近のトランプ政権は、それとはまったく逆の方向に動いている。

国際社会は、すでに様々な形で北朝鮮の人権侵害を確認しており、今さら「知らなかったこと」にはできない。

<参考記事:「家族もろとも銃殺」「機関銃で粉々に」...残忍さを増す北朝鮮の粛清現場を衛星画像が確認

韓国の文在寅政権は今のところ、こうした北朝鮮の人権問題から目をそらしているが、いずれどこかで、国際社会から真意を問われる可能性がある。

今後、たとえ南北首脳会談が実現したとしても、それで朝鮮半島情勢が一気に好転するわけではないのだ。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

ニュース速報

ワールド

中国の無人探査機、火星への着陸に成功=新華社

ビジネス

セブン&アイの米コンビニ買収「違法の恐れ」、規制当

ワールド

台湾、コロナ警戒水準を引き上げ 感染者180人に急

ビジネス

アングル:米零細マスクメーカー、「在庫の山」抱え存

MAGAZINE

特集:新章の日米同盟

2021年5月18日号(5/11発売)

台頭する中国の陰で「同盟国の長」となる日本に課せられた新たな重い責務

人気ランキング

  • 1

    脱・脱日本依存? 韓国自治体が日本の半導体材料メーカー誘致に舵を切っている

  • 2

    捕獲のプロが巨大ニシキヘビに遭遇した意外な現場...「対処法知って」(オーストラリア)

  • 3

    ホテルで24時間監視、食事はカップ麺の「おもてなし」 欧州選手団がマジギレの東京五輪プレ大会

  • 4

    【動画】ゲームにあらず、降り注ぐロケット弾を正確…

  • 5

    ヘンリー王子は「洗脳されている」「王室はもう彼を…

  • 6

    9歳の少年が落雷で死亡...臓器提供で3人の命を救い、…

  • 7

    日本経済、低迷の元凶は日本人の意地悪さか 大阪大…

  • 8

    マスクはつけず手は洗いまくったイギリス人

  • 9

    メーガン妃を誕生日写真から「外した」チャールズ皇…

  • 10

    半月形の頭部を持つヘビ? 切断しても再生し、両方…

  • 1

    脱・脱日本依存? 韓国自治体が日本の半導体材料メーカー誘致に舵を切っている

  • 2

    パイプライン攻撃のダークサイド、「次は標的を選ぶ」と謝罪

  • 3

    ホテルで24時間監視、食事はカップ麺の「おもてなし」 欧州選手団がマジギレの東京五輪プレ大会

  • 4

    日本経済、低迷の元凶は日本人の意地悪さか 大阪大…

  • 5

    捕獲のプロが巨大ニシキヘビに遭遇した意外な現場...…

  • 6

    ノーマスクの野外パーティー鎮圧 放水銃で吹き飛ば…

  • 7

    【動画】ゲームにあらず、降り注ぐロケット弾を正確…

  • 8

    金正恩が指揮者を公開処刑、銃弾90発──韓国紙報道

  • 9

    メーガン妃を誕生日写真から「外した」チャールズ皇…

  • 10

    インドのコロナ地獄を招いた張本人モディの、償われ…

  • 1

    メーガン・マークル、今度は「抱っこの仕方」に総ツッコミ 「赤ちゃん大丈夫?」「あり得ない」

  • 2

    「お金が貯まらない家庭の玄関先でよく見かける」1億円貯まる人は置かない『あるもの』とは

  • 3

    オーストラリアで囁かれ始めた対中好戦論

  • 4

    脱・脱日本依存? 韓国自治体が日本の半導体材料メ…

  • 5

    親日家女性の痛ましすぎる死──「日本は安全な国だと…

  • 6

    メーガン妃を誕生日写真から「外した」チャールズ皇…

  • 7

    ヘンリー王子、イギリス帰国で心境に変化...メーガン…

  • 8

    韓国、学生は原発処理水放出に断髪で抗議、専門機関…

  • 9

    パイプライン攻撃のダークサイド、「次は標的を選ぶ…

  • 10

    ビットコインバブルは2021年ほぼ間違いなく崩壊する

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

投資特集 2021年に始める資産形成 英会話特集 Newsweek 日本版を読みながらグローバルトレンドを学ぶ
日本再発見 シーズン2
CCCメディアハウス求人情報
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
Wonderful Story
メンバーシップ登録
CHALLENGING INNOVATOR
売り切れのないDigital版はこちら
World Voice

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中

STORIES ARCHIVE

  • 2021年5月
  • 2021年4月
  • 2021年3月
  • 2021年2月
  • 2021年1月
  • 2020年12月