最新記事

映画

『シェイプ・オブ・ウォーター』聖なるモンスターと恋に落ちて

2018年3月3日(土)15時00分
エミリー・ゴーデット

イライザは手話で言う。「彼が見る私は、不完全な私じゃない」。デル・トロに言わせれば、それは「私が53年の人生で見つけた最高の愛の定義だ」。

『シェイプ・オブ・ウォーター』では、色が登場人物の人柄を物語る重要な役割を果たす。郊外にあるストリックランドの家は、明る過ぎて息が詰まりそうだ。イライザのアパートは、水が好きな彼女の思いを反映した深いブルー。だが、半魚人と愛を交わすと、イライザは赤い服を身に着けるようになる。

冷戦時代を舞台にした『シェイプ・オブ・ウォーター』には、ロシアのスパイが登場してイライザと半魚人の運命に影響を与える。それが現代のアメリカで起きていることを示唆しているのは明らかだ。「私は現実逃避的な物語は書かない」と、デル・トロは断言する。「現代について語る最善の方法は、過去を題材にすることだ」

1962年はアメリカでおとぎ話が終わった年だと、デル・トロは言う。理想の指導者像を体現したジョン・F・ケネディ大統領は翌年暗殺された。第二次大戦後の成長が豊かさをもたらす一方で、社会は崩壊しつつあった。「特定の性別、特定の人種以外の人にとっては難しい時代だった。社会の分断が表面化し、暴動が起きた」

その意味では、この作品に出てくる本当のモンスターはストリックランドだ。無知で孤立主義を決め込む彼は、典型的な醜いアメリカ人だ。イライザが半魚人を自宅に連れ帰り、バスタブに隠すと、激怒したストリックランドは手段を選ばぬ残酷な追及劇を展開する。

「イデオロギーこそホラー」

デル・トロが生まれ育ったメキシコでは、古代アステカの多神教と民間信仰が、スペインによってもたらされたカトリックと融合している。デル・トロ自身もカトリックの家庭に生まれ、聖人をあがめる一方で、ホラー映画に夢中になったことで、心の中に文化的な重層構造が生まれたという。

「これは冗談でも、知識をひけらかしているのでもないが(1931年のホラー映画『フランケンシュタイン』で)、フランケンシュタインが殺されるシーンを見たとき、殉教者に似たものを感じた。そのとき私の中で、モンスターと聖人がつながった。どちらも真実とスピリチュアルな側面を表す存在だ」

デル・トロの作品はホラー映画と分類されることが多いが、『シェイプ・オブ・ウォーター』はホラー映画ではない。「『あなたは特定のジャンルの専門家ですね』と言われると、『そうだ』と答えることにしている。でも(ホラー映画ではなく)、私というジャンルの専門家だ」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米東部の高齢者施設で爆発、2人死亡・20人負傷 ガ

ワールド

英BP、カストロール株式65%を投資会社に売却へ 

ワールド

アングル:トランプ大統領がグリーンランドを欲しがる

ワールド

モスクワで爆弾爆発、警官2人死亡 2日前のロ軍幹部
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これまでで最も希望が持てる」
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 6
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 7
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 8
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 9
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 10
    なぜ人は「過去の失敗」ばかり覚えているのか?――老…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 9
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中