最新記事

東南アジア

インドネシア大統領も「超法規的殺人」を指示

2017年7月24日(月)14時47分
大塚智彦(PanAsiaNews)

その後当局はシンガポールに近いインドネシア領バタム島沖に停泊している小型船を発見し、船を差し押さえるとともに船内にいた台湾人5人を逮捕した。台湾人は1人4億ルピア(約320万円)の報酬で運び屋を請け負ったと供述している。

インドネシアは麻薬犯罪には死刑を含む厳罰主義で臨んでおり、外国人を含む麻薬犯罪での死刑囚の死刑執行に国際社会や人権団体の反対を押し切ってジョコ政権はこれまでも死刑を執行してきている。

しかしながら麻薬犯罪は後を絶たず、7月15日には覚せい剤4キロを運んでいた主婦を含む4人がスマトラ島パレンバンで逮捕されている。4人はアチェ、メダンと運んだ覚せい剤を次の運び屋に渡す直前で逮捕されたが、覚せい剤は最終的にはバリ島に運ばれる予定だったとしている。

ジョコ大統領は「発砲をためらうな」とした演説の中で「インドネシアは今、麻薬非常事態にある。密輸に関係した外国人で抵抗する者に躊躇なく発砲せよ」と危機感をあらわにしている。

今回の1トンの覚せい剤摘発は約2か月前に台湾当局から「中国からインドネシアに麻薬が密輸される」との情報がもたらされ、内偵、情報収集を続け、当日待ち伏せして摘発に成功した。

今回の成果についてウィラント政治・法務・治安担当調整相は「約500万人を覚せい剤の被害から救ったことになる」と高く評価した。

刑務所も麻薬犯で超過密状態

ジャカルタ西郊のタンゲランにある女子刑務所に収監されている女性服役囚の約80%は麻薬関連犯罪で、終身刑や懲役15年以上が大半だ。南アフリカ人、タイ人、中国人という外国人女性服役囚も含まれている。

服役囚に1人に割り当てられたのはシングルベッド1個分のみ、一部屋に3人から4人が2段ベッドで収容され、部屋にトイレ兼シャワー設備がある。冷房がないため、部屋で過ごすより出入りが比較的自由で外気のある廊下や屋外で大半の服役囚は一日を過ごしているという。

この女子刑務所もそうだが、インドネシアの各刑務所はどこも過密状態で、過酷な環境から脱獄や騒動が後を絶たず、ジョコ政権は麻薬対策強化とともに刑務所設備の拡充という問題にも直面している。

こうした刑務所の過密状態、麻薬犯罪の主婦、学生、若年者への深刻な広がりを受けた結果という訳でもないが、今回フィリピンのドゥテルテ大統領の「超法規的殺人」を容認するような強硬な麻薬対策に近い「射殺を躊躇するな」という厳しい指示にインドネシアは踏み切ったこと。これはドゥテルテ大統領と同じようにジョコ大統領にとって、麻薬対策がテロとの戦いに勝るとも劣らない重要かつ喫緊の課題であることを内外に改めて印象付ける形となった。

otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など



【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
 ご登録(無料)はこちらから=>>


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米ISM製造業景気指数、4月48.7 関税の影響で

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任へ=関係筋

ビジネス

物言う株主サード・ポイント、USスチール株保有 日

ビジネス

マクドナルド、世界の四半期既存店売上高が予想外の減
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中