最新記事

いとうせいこう『国境なき医師団』を見に行く

困難と良心を前にして──マニラのスラムにて

2017年6月8日(木)16時40分
いとうせいこう

活動者たちの討論、討論、討論、そして息抜き

ito0607f.jpg

夜のマニラにてジェームス、寿加さんと。

俺はその日、リーダーのジョーダン夫妻の友人である医療コンサルタントのフィリピン人医師とリプロダクティブ・ヘルスが専門のイギリス人医師などがマニラを訪れているというのでマニラホテルで夕食をとり、そこで各国がそれぞれ抱えている問題を聞いた。そこにあるのもまた前向きな討論だった。

色々話して帰ろうとすると、菊地寿加さんから連絡が来た。なんとジェームス・ムタリアと盛り場で飲んでいるというのだった。もちろん断るはずもなく、俺と谷口さんは彼らが陣取るバーへ行き、ただし俺は超甘いハロハロを食べた。

無口なアフリカ人インテリだったはずのジェームスはずいぶんな本数のビールをたしなんだらしく、冗談の頻度が明らかに多くなっていた。寿加さんと楽しい言い合いをしたりする。そして常に言い負かされて頭をなでながら笑うのだった。そうしているとジェームスは若かった。

マニラの夜のホームレスから始まり、マニラの夜の外国人訪問者たちとの宴で、俺の今回の体験も終わったようなものだった。

数日前「私たちは聖人君子じゃない」と言った寿加さん、「じゃあまた会おう」とぶ厚い手で握手したまま夜の街へふらふら去っていったジェームス、どちらも普通の人間だった。むろんジョーダンエリンロセルホープジュニードクター・ジュニスも。

それが力を合わせて難局に挑んでいる。

挑んではうまく行かず立ち止まり、しかし目標を高く持って諦めずにいる。

そういう意味では、彼ら一人ずつの良心がつまり俺を見つめているのだった。

厳しく責めるためではない。

そっちはどうだい?と心配してくれているのだ。

翌日、日本人女性スタッフ辻坂文子さんと、彼女が結婚して一緒にMSFで働いているスペイン人デイビッド・ロメロと一緒に彼らの家で自家製パエリアを食べた。

二人の間にはかわいい子供がいて、夫妻の生活を補助するべくダビッドのお母さんもマニラに来ていた。

彼らのキャリアをくわしく聞いていくたび、国境なき医師団のリアルな活動状況、参加者の人間性、問題点の数々がわかった。とてもいい話になったのだけれど、それはマニラ取材の枠を外れている。

また別な機会に譲ろうと思う。

ただひとこと。


彼らは困難を前にするとたいてい笑う。

そして目を輝かせる。

そうやって壁を突破するしかないことを、彼らは世界のどん底を見て知っているのだと俺は思っている。

<マニラ編終了>
ここでついに菊地寿加さんたちが準備を進めてきた予防接種の第一弾のニュースが入ってきた。
以下をご覧いただきたい。
連載の中に出てくる人物たちもちらほら出てきている。
マニラ:子宮頸がんの予防接種がスタート(2017 年 2 月)【国境なき医師団】



profile-itou.jpegいとうせいこう(作家・クリエーター)
1961年、東京都生まれ。編集者を経て、作家、クリエーターとして、活字・映像・音楽・舞台など、多方面で活躍。著書に『ノーライフキング』『見仏記』(みうらじゅんと共著)『ボタニカル・ライフ』(第15回講談社エッセイ賞受賞)など。『想像ラジオ』『鼻に挟み撃ち』で芥川賞候補に(前者は第35回野間文芸新人賞受賞)。最新刊に長編『我々の恋愛』。テレビでは「ビットワールド」(Eテレ)「オトナの!」(TBS)などにレギュラー出演中。「したまちコメディ映画祭in台東」では総合プロデューサーを務め、浅草、上野を拠点に今年で9回目を迎える。オフィシャル・サイト「55NOTE

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米貿易赤字、3月は0.1%減の694億ドル 輸出入

ワールド

ウクライナ戦争すぐに終結の公算小さい=米国家情報長

ワールド

ロシア、北朝鮮に石油精製品を輸出 制裁違反の規模か

ワールド

OPECプラス、減産延長の可能性 正式協議はまだ=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 7

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 8

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 9

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 10

    「みっともない!」 中東を訪問したプーチンとドイツ…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中