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給食費未納の問題を「払わない=悪」で捉えるな

2017年5月22日(月)13時01分
印南敦史(作家、書評家)

しかも、給食費が払えないという問題だけではない。地域によっては給食のない公立中学もあり、そうなるとお弁当を持ってこられない子が出てくるというのである。


 ある女子中学生は、お弁当を作ってもらえないし買えない、昼食の時間はトイレに隠れている。別の中学生は、友達から少しずつ分けてもらったり、給食の時間は机に伏して寝ているふりをしたりしている。学校の先生もどうしていいか分からないと、ある先生は見かねて子供にお昼御飯の代金を渡している。
 親御さんが心を病んでいて食事の支度ができない、夕食もスナック菓子という家庭もある、とても弁当を持っていくことはできないだろう。(164ページより)

そんな給食のない中学校においてすら、朝食を食べずに登校する生徒は少なくないのだそうだ。しかも、朝食を食べていない生徒ほど弁当を持ってこない。したがって成長期に十分な栄養が確保できないため、勉強に身が入らなくても当然だ。

2013年に成立した「子どもの貧困対策法」に基づき、2014年に閣議決定された国の方針「子供の貧困対策大綱」のなかでも、「子供の食事・栄養状態の確保」が重点施策のなかに位置づけられているという。

そこでは「食のセーフティネット」から漏れている子どもの存在が指摘されているが、たしかに、給食のない夏休みに体重が減る子がいるという話には聞き覚えがある。遠足や運動会など給食がない学校行事の際、弁当を持ってこられないため欠席する子どももいるという。

ちなみにここでは、ショッキングな保健室の状況が明かされている。


満足に食事ができない子ども達がおり、おなかを空かせた子ども達が保健室に集まってくる。休み時間になると保健室に氷を食べに来る。給食のない中学や高校ではお弁当を持ってこなくて、お昼の時間に居場所がなくて保健室にやって来る。朝食を食べずに来る子ども達のために、養護教諭があめ玉、クッキーを準備して、周囲に配慮しながら食べさせている。保健室にはインスタントのみそ汁やお菓子が置いてあって、必要なときにそれを食べさせている。(217ページより)

現代の日本において、子どもが受ける教育ないし学歴は、失業・貧困に陥るリスクの軽減に大きな影響を持つ。適切な教育を受けていることが、その後の人生において最大の"生活保障"として機能するため、教育は「人生前半の社会保障」のもっとも重要な要素をなすという考え方だ。

【参考記事】沖縄の風俗業界で働く少女たちに寄り添った記録

同じように、十分に栄養がとれず、その後の健康的な生活にかかわるような状況から子どもを守るための学校給食も、広い意味における社会保障であると著者は主張する。


給食は、子どもの貧困に対して、食事という現物を支給する制度として有効です。今日においても、なお経済的な理由によって生じる子どもの食生活の格差は大きく、学校給食という公共食には、その格差を縮小する機能があります。(232ページより)

だからこそ、検討されている給食無料化を「ばらまき政策だ」とする意見に対しても、著者ははっきりと反論している。給食無料化の費用は、子どもを選別することなく、すべての子どもの食のセーフティネットを確保するために費用なのだから、社会全体でその費用を負担すべきだということだ。

私も、その考え方には強く賛同する。

【参考記事】児童相談所=悪なのか? 知られざる一時保護所の実態


『給食費未納――子どもの貧困と食生活格差』
 鳫 咲子 著
 光文社新書

[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に、「ライフハッカー[日本版]」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダヴィンチ」「THE 21」などにも寄稿。新刊『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)をはじめ、『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)など著作多数。

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